132人が本棚に入れています
本棚に追加
『私に何かあったらあなたのせいだから』
そう芹香さんに言われて
『止めれなかった私にも責任があるのかもしれない』…そう思うと怖かった。
私は芹香さんを追いかけて呼び止めた。
「芹香さん、私も行きます…!」
「…そう……なら助かるわ」
芹香さんは笑みを浮かべ言った。
私は意を決して、芹香さんの運転する車の助手席に乗り込んだ。車内には人知れず気まずい空気が流れていた。
「あの…別荘ってどこにあるのですか?」
『絶対に外には出るな』と言った彼の言葉に反し、
外に出ているという罪悪感。
「街外れの郊外にある山中だから一時間ぐらいで着くわよ」
「一時間…」
彼の家から離れれば離れるほど、私の不安もどんどん大きくなった。
山の中にある芹香さんの別荘に着く頃には
雨が激しく降り始め、風も数時間前とは打って変わり、強くなっていた。
芹香さんに案内され入った別荘は、山に囲まれ自然が豊かな中にあるオシャレなログハウスだった。
だけど、別荘に入るや否や
そのオシャレな雰囲気をも掻き消すような、
うねる風の甲高い音が、まるで不協和音のように鳴り響き、私を不穏な気持ちにさせたのだった。
「あの…市原さんに連絡入れてもいいですか?」
彼との約束を破ったことと
身に感じる台風の接近で、私は恐怖を感じた。
「ダメよ、今連絡したら冬馬が仕事に集中できなくなる。冬馬の邪魔はしないでって言ったでしょ?」
反論したい気持ちはあったけど、
『仕事に集中できなくなる』…この言葉で私は、何も言えなかった。
「早く、形見を持ってここを出ませんか?」
止むことは疎か雨は容赦なく降り続き、激しさも増す一方だった。
別荘の中に居ても建物は揺れ、天井や壁の軋む音が鳴り響き、風の威力がどれほど強いものなのかが見て取れる状態だった。
「こんな天候で車を運転して帰る方が危ないわよ、
私、怖くてできない」
芹香さんは恐怖を感じている様には見えなかった。
「もしかして、はじめからそのつもりでここに来たんですか…!?」
「そんな、別にわざとじゃないわよ。台風なんてどうせ大したことないんだから。こんな事ぐらいでそんなに怖がるなんて…情けないわね」
芹香さんは馬鹿にするかのように、目を横に流し、鼻で笑ってそう言った。
私は無意識に手を握り締めていた。
「『こんな事ぐらいで』って…市原さんが……
人命救助のプロが、危ないから外に出るなって言ってるんですよ!?甘く見てたらダメですよ…!」
「大丈夫よ。私に何かあったらまたあの時みたいに冬馬が必ず助けてくれるから」
笑ってそう話す芹香さんが悪魔に見えた。
「あなたは間違ってます…
自分の命を犠牲にしてでも芹香さんを助けてって言った京香さんに対しても、市原さんに対しても…
あなたのやってる事、言ってる事は最低ですよ…!」
「あなたに何がわかるのよ…!ちょっと最近出逢ったぐらいで、いい気にならないでよ!」
「ちょっと最近出逢っただけでも…!
彼がどんなに苦しんで、並大抵じゃない努力で特別救助隊になって、今の市原さんがあるのか…、
私にでもわかるのに…!なんで長年一緒にいて、苦楽を共にしてきたあなたがわかってあげれないんですか!?
また『大切な人』を失いでもしたら市原さんがどうなるのか…わかりませんか!?」
私は、京香さんを失った彼の気持ちを知って
間近で努力を見てきて
『人の命を助けたい』という彼の並ならぬ思いを目の当たりにしてきたからこそ、浅はかな芹香さんに対し、怒りが湧いた。
「…わかったわよ、少し休憩したら車出すわよ」
私の言いたいことが伝わったのかはわからない。
だけど芹香さん自身も、なにか思うところがあったのかもしれない。
芹香さんはコーヒーを淹れ、リビングのソファーに腰掛けた。
「あなたも座って飲んで」
そう穏やかに言う芹香さんに促され
私もソファーに座った。
「これ飲んだら送るわよ」
「はい…」
さっきまでの言い争いが嘘のようだった。
「あなた、冬馬と付き合ってるの?」
芹香さんの核心を突くかのような質問。
「いえ…今はまだ…」
「今はまだ?」
「市原さんがある目標を達成できたときに
気持ちを伝える…って」
「フフ…冬馬らしいわね…でも、冬馬がアレを見たら…そんな気持ちも無くなるかもしれないわね」
「アレって…?」
「京香が生前書いてた、冬馬に宛てた手紙よ」
「手紙…?」
「京香が付き合って一年記念に冬馬に渡すはずだった手紙がこの別荘にあるの」
「そう…だったんですね…」
「それを今日取りに来たの。ちょっと待ってて」
そう言って芹香さんはリビングの奥にある部屋へと入って行った。
私はその隙に、出ないとわかっていたけど
彼に電話を入れることにした__。
最初のコメントを投稿しよう!