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「芹香さん、窓の外に出れますか?」
窓の下は二階部分の屋根になっていて落ちる心配はなかった。
ただ、いつ残った建物ごと流されるかわからないという恐怖はある。
「怖くてできない…!」
「だけど、そこにいれば確実に一番最初に助けてもらえます…!」
「……わかった、やるわ」
芹香さんは一瞬怯んだものの、意を決して窓の外に出て屋根に座った。
「私が手を握っていますから…!」
芹香さんが窓の外に出たからか、
救助ヘリが私達のすぐ上までやってきた。
間近で見るその赤いヘリは、
大きな音で私の鼓膜を激しく叩く。
息もできないほど、頭上から流れる風の強さは
プロペラの威力を物語る。
そんなヘリの威力に負けじと、私と芹香さんは上を見上げるのだった。
ゆらゆらと揺れていたヘリは、一定の場所に留まる。
ヘリのドアが開き、そこから太いロープが垂れ下がる。
ヘリから身を乗り出すオレンジ色に光って見える隊員の姿。
ロープを伝い降りてくる様は、何一つ迷いはない。
まだその隊員の顔は見えずとも、私にはわかった。
「市原さん…!」
「冬馬…!」
私と同時に、芹香さんも彼だと気づく。
「お前たち、なんでこんなところに…!」
顔をしかめた彼が、すぐ目の前に降り立った。
「…ごめんなさい……」
なぜ、こんなところにいるのか、
なぜ、芹香さんと一緒にいるのか、
話したいことがたくさんあったけど、
しかめる彼のそんな顔を見ると謝ることしかできなかった。
「言い訳は後だ」
そう言った彼の言葉に私は
『もう大丈夫』そう思い、自然と笑みが浮かぶ。
そう……言い訳は後でいくらでも言える。
今やるべき事をやるんだと意気込む自分。
「市原さん、先に芹香さんを助けてあげて!」
確実に助かると余裕の気持ちでいる私は
笑顔を見せて彼にそうお願いをする。
だけれど…
「…なんでお前があの時と同じ事を言うんだよ…」
何故だか彼は、眉間にシワを寄せ、
悔しそうに俯きながらそう言うのだった。
「え…だって順番に助けてくれますよね…!?」
私は何の疑いもなく、声を弾ませそう言った。
「燃料が…」
「え…?燃料…?」
「ここに来るまでに救助者が多すぎて、ヘリの燃料が底を尽きそうなんだ」
彼は俯いたまま顔を上げてはくれなかった。
「今救助できるのは…一人しか無理だ…」
私は彼のこの一言で
自分の今置かれている状況が、最悪な状況なのだと知る。
「一人しか無理って…」
「一旦引き返して、燃料が補充できてからしか…
もう一人は救助できない」
「そんな…」
もうすぐ助かると確信していた状況から
取り残されると知った現実に、私は言葉を失った。
『先に芹香さんを助けてあげて』と言った私の一言に、彼が顔を歪めた理由も納得だった。
正に……
彼が経験した過去の悪夢と、リンクした瞬間だったのだと思う。
「本当は二人とも助けたい、、だけどオレの独断で勝手なことはできない…他に犠牲者が増えるだけだから…」
彼にとって、今起きている現状は
苦渋の決断だと、私にもわかった。
自分で仕向けた芹香さんを優先して助けてもらう作戦は、返って彼を苦しめる事になってしまった。
「…私は…待ちます…」
その時私にできる事は、それしかなかった。
彼は私の一言に更に顔を歪めた。
そんな彼を見て、私の胸は苦しくなった。
「必ず助けに来てくれますよね…?」
私は彼に不安を悟られまいと、出来るだけの笑顔を作ってそう言った。
「……クソっ…!
…これじゃ、あの時と…一緒じゃないかよ…」
悔しそうに俯きながら言う彼。
だけど私はそんな彼に乗り越えて欲しかった。
「一緒じゃありません…!」
「…え…?」
声を張り上げて言った私に反応した彼は
驚いた様子で顔を上げて私を見た。
「あの時と一緒じゃない…」
私は声が震えながらも真剣な目で彼を見つめた。
「今私の目の前にいるのは、高校生のあなたじゃない……、特別救助隊の市原さんです…!」
私は彼に何度も助けられた。
そして彼に何度も励まされた。
『人の命を救いたい』と強く思う彼の気持ちが、
『必ず助けてくれる』といつしか私の自信になっていたと気づく。
「私は絶対に生きる事を諦めません…!
だから必ず助けに来て」
震える声で、自分の決意を口に出す。
と、同時に涙がどんどん溢れ出てきて、
彼の顔すらも見えなくなる。
一人で待つ恐怖心と、
彼を信じたい切望とが入り交じる、
矛盾だらけの感情。
そんな私を見た彼は
私の立つ窓の傍まで近づいてきた……。
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