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私の立つ窓に近づいてきた彼は
涙を流す私の頬を大きな手で優しく包み
指で涙を拭った。
「いいか、よく聞け」
彼は私の目線に合わせるように屈みながら真剣な目で言う。
「必ずここへ戻って、お前を助ける」
私は彼のこの一言で更に涙が溢れ出て、
堪えきれない感情は、声にまで出つつあった。
そう望んだのは私自身なのだけれども。
『必ずここへ戻る』という彼の言葉は、救いの言葉でもあると同時に、
『行ってしまう』という現実を突き付けられる言葉でもあった。
「……(うぅっ…グズッ)…」
服の両袖で必死に目を抑えて拭っても、
止めることのできない涙。
そんな私の顔を、彼は両手で触れて自分に向かせ、
ヒクヒクと喉を鳴らして泣き続ける私に向かい言った。
「…真夏、オレは必ず約束は守る…、
真夏を助けるって約束も、真夏に好きだって言う約束もだ」
真夏と名前を呼ぶ、好きだと言ってくれる、
『なんてすごいタイミングで言うのだろう』と…
不覚にもフッと笑う自分がいた。
「…ずるいよ…今、それを言うなんて…」
「これからは何度だって言う」
彼はそう言いながら両手で私の顔を持ち
自分の額を私の額に合わせ
まるで私にパワーを送ってくれているようだった。
彼の口から語られた『これからは』の言葉は、
どんな励ましの言葉より、私にとって、希望の言葉だった。
「こんなに後ろ髪を引かれる思いに駆られたのは初めてだ…レスキュー隊失格だな…」
「もう、大丈夫だから…早く行って…」
私は彼が少しでも安心してくれるようにと
笑顔で彼に言った。
「真夏、必ず助けに来るから…オレを信じて待っていてくれ…!」
額を離した彼は私の目をじっと見つめた…
彼の、逸らせないほどの力強い瞳は、彼自身の
『必ず助ける』
その強い思いそのものだ。
そんな彼の顔がどんどんと自分に近づいてくる…
私は自然と目を瞑り…
最後に彼は、私に優しく口づけをした__。
彼との初めてのキスは、自分が思い描いていたキスとは違っていた。
お互いに気持ちを伝え合い、
誰にも邪魔されない静かなところで、
恥じらい照れながらも抱きしめ合い、
心が全て満たされた状態で交わすものだと思っていた。
だけど現実は違った。
生きるか死ぬかの極限の状態で、
時間の制限に縛られ、
泣いて別れを惜しみながら、
最初で最後かもしれないと交わした口づけだった。
でも、ただ一つだけ…
想像と現実が一致したものがあった。
それは、
想い合う人とのキスはどんな状況であっても
心が満たされるということ。
平々凡々の中であっても
どれだけの絶望の淵に立たされた時であっても
後に残る気持ちは
嬉しい気持ちと幸せな気持ち
希望に満ち溢れ、心に刻まれるのだ。
自分の唇に彼の存在を感じたまま
私は彼を見送った。
彼はロープを登って行きながらも
私から目を離すことはなかった。
たとえ言葉で語らずとも
その真剣な眼差しは、彼の思い全てを指し示す。
必ずまた会えると信じて
私は彼に向かって頷き、彼もそれに応えた。
私は彼の乗るヘリを
見えなくなるまで見つめていた……。
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