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一人になった建物の中は
風の音と雨の音、土砂が流れる音だけが響いていた。
さっきまでいたヘリの凄まじい音がなくなったからか、それとも一人になった孤独感からか…
自分の耳に聞こえる全ての音が単調で虚しく、
自分の目に映る全てが、モノクロームの様に色を失い
より一層、孤独を駆り立てた。
私は一人、暗い部屋の片隅に身を縮めて座り込む。
芹香さんが無事だったのだろうかと心配する反面、
なぜあの時、芹香さんを優先させたのだろうと
悔やむ自分がいたり、
そんな悔いる自分に、いつからこんなに汚れた感情を持つようになったのだろうと、嫌悪感を抱いたり…
私の情緒は、一人になった孤独感により
崩壊寸前だった。
自分を見失いかける度に私は、
頭に彼を思い浮かべた。
出逢った時から今日に至るまでの
彼と過ごした日々や彼と交わした小さな会話を必死に思い出し、自分の不安定な情緒を落ち着かせた。
早朝から一緒に走りふざけて笑い合ったり…__、
__「一人で走ってる時って何考えてます?」
「うーん…そうだなぁ……どこかにかわいい女の子、いないかなーって探しながら走ってる」
「え…、レスキュー隊のくせに、めちゃくちゃ邪心の塊じゃん…」
「嘘に決まってんだろ」
「怪しいなー」
全速力で追いかけられて無駄に全力で逃げ回った。
勝てるはずのない筋トレ勝負したり…__、
__「一分でどっちが回数多く腹筋できるか勝負しようぜ」
「絶対勝てないに決まってんじゃん…」
「ハンデやるよ」
「それで負けたら悔しさ倍増…」
「勝てたら何でもお前の言う事聞いてやるよ」
「え…なんでも…?……じゃあ本気出す…!」
勝負はもちろん見事に撃沈。
彼が日直勤務で帰りが早い時は、私のバイト後迎えに来てくれて家まで送り届けてくれたり、
彼が非番の時は疲れているであろうに、
朝は一緒に走ってくれたり。
彼の事全てを思い返すと自然と顔が緩み、
気づけば笑みが溢れる。
『またあんな日々を送りたい』という、些細な願いが、私にとっての生きる希望だった。
外が暗くなりはじめ、体に感じる風の冷たさが
私の身を更に縮めた。
膝を抱えて俯いていると肩の一部が濡れて冷たくなっている事に気づく。
濡れた手の平を見ると、肌の色とは明らかに違う赤い色が私の手を染めていた。
『そうだ…ケガしてたんだ…』
芹香さんに指摘されなければ気づかなかった肩のケガが、今になって痛み疼き出す。
勝手に震えだす身体は、寒さからではなく
出血が原因ではないかと、自分の頭が不安を駆り立てた。
そう思うと、どんどん意識が遠のき
座っていることさえも難しくなった。
猛烈な勢いで襲ってくる眠気。
空気が吸えているのかもわからない苦しさ。
__「真夏…!目を覚ませ…!諦めるな…!」
薄れゆく意識の中で
私の耳に聞こえてきたのは
紛れもない彼の声だった__。
遠く聞こえるその声は
夢の中で何度も聞いた声だった。
これも夢なのだと感じると
更に深い眠りに入りそうな感覚になった。
__「おい、真夏…!オレを置いて行くな…!」
まだ聞こえる彼の声。
__「…愛してるもまだ言えてねーのに…」
初めて聞く、『愛してる』の言葉と
彼の泣いているかのような声。
__「…約束したのに……っ…」
泣かないでよと心がざわつく。
__「……っ…」
自分の顔に何か冷たいものが落ちてくる。
その冷たさを感じた瞬間から、身体のあらゆる場所に様々な感覚が蘇るのがわかった。
今まで吸えているのかわからなかった空気が
一気に体に入ってくるかのような感覚。
「……泣いてるの…?…泣かないでよ…」
久しく出していなかった声は
コントロールできないほどかすれていた。
そんな弱々しい私の声でも
彼は私を強く抱きしめながら震える声で
「…っ……泣いてなんかねーよ…!」
そう応えてくれたのだった。
私はそんな彼の温もりを感じる中、
再び目を閉じたのだった__。
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