ある男、清司

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ある男、清司

それから2年が経ったある日──。 ある小説の映画化が決まった。 街を歩いている2人の女性がそのポスターを見て立ち止まった。 「あ、あの映画だ。これ見てみたいんだよね」 「え、また清司?大スターじゃん」 「ホント。今まで無名だったのに急成長したよね」 「でも逸材なんじゃない?」 もう1人の女性が頷く。 「うん。なんかめっちゃリアルだよね」 「分かるー!」 「でも努力家って感じがするよね」 「そうそう──」 ──うるさい。 帽子を目深に被りマスクをした男はそう思った。 どうしてこうも若者は騒ぎ立てるのだろうか。いちいち声の音量が大きい。 でも嫌な気分ではない。 自分のことだからだな、きっと。 その男、清司は1年半前のあるインタビューでこう答えている。 『その演技はどうやって学んだのですか?』 『演劇サークルで最初はやっていました。その時は今みたいになるとは想像していませんでしたけどね』 『演劇サークルから。しかしその後薬剤師になっていますね』 『はい、若い時は勉強一筋のガリ勉君でしたから』 『今もまだお若いですよ。でも薬剤師を1年でお辞めになりましたね。理由は?』 『唐突に演劇サークルの頃のことを思い出したんです。で思い立って。後悔はしたくないので』 『なるほど。そして俳優養成所に入り、その後清司さんを有名にしたきっかけでもあるのオーディションに合格。その時のお気持ちは?』 『正直なこと言うとあまり自信がなかったんですよね。で、どうしたらいいか考えて。考えた結果見事受かることができました』 『その考えとは?』 『秘密なので詳しいことは言えませんがとにかく経験することが大事ですね』 『はあ。やはり経験するのは何事においても大事なのですね!』 『そう言うことです』 『──本日はお忙しい時間の中お受けくださってありがとうございました』 『いえ。こちらこそ楽しい時間でした。ありがとう』 『殺害の裏側』、略して『殺裏』。この映画は作者たっての希望で俳優の発掘オーディションで出演者を選んだ。 そこで主人公の犯人役に選ばれたのが清司だった。 稽古を見た作者はこう言っていた。 『彼の演技はまさに本物と言えよう。迫真の演技という言葉を使うのにふさわしい男だ。いい発掘になったよ』
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