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Chap.1
「ずいぶんとまあ長え『迷い箸』だな」
おれは一瞬、耳を疑った。コンビニの店員がそんなぞんざいな言葉なんかお客に使わないから。すると、荒っぽい追撃が来る。
「おまえだよ、おまえ! そこの本棚の斜め前でうんこ座りをしているおまえ!」
ちょっとすみませんね、と言ってコンビニ店員の女の子が、おれと謎の声の相手の中間に割って入り、ほぼ空っぽになった書棚に手際よく岩波文庫を詰めてゆく。
おれはかろうじて自分になにか言われていることは把握できたが、でも誰がなにを言おうとしているのか、さっぱりわからない……。
そう、日付が日曜日から月曜日に変わるあたりに、日本じゅうのコンビニがローテーションで出版社を変えてそこの文庫本や新書本を取り扱う……一昨年からそうなった。
母国語なのに、まんがの科白すら読めないような亜文盲が増えてしまい、いかにも街の書店、という趣の書店は日本国中どこにもなく、ネット通販や大型書店に潰されてしまった。政府はあわてて対策を打ち出した。
本をもっと手軽に、近所で購入できるように、すべてのコンビニに週替りでちがう版元の文庫本、新書本を置かせるようになったのだ。
おれは岩波文庫を手際よく棚に挿してゆく店員ごしに、さっきの声の主をおずおずと見た。
ジーンズに白いTシャツ姿、アッシュゴールドの短髪、年格好はおれとおなじかちょっと上程度の相手だ。変なのに絡まられちまったかな……と思いつつもとりあえずは立ち上がった。歳はとにかく、威圧感がなんだか凄い。ただものではないと一瞬で感じとった。
「おい、絡んでいるわけでも脅すつもりでもない」
そう断って、白Tシャツの男はポケットから階級章を取り出し、肌を刺さないよう気をつけながらそれをTシャツにつけた。
もっとヤバい相手だ! びびりの俺は身体が硬直してしまって動けなくなった……この階級章は、国防軍、それもコンテンツ群の階級章……文学おたく、小説おたく勢から恐れられている、通称SOLじゃないか──!
コンビニ店員の女の子はそんな大蛇対蛙、象対コブラのように一方的なワンパン死闘には気づかず、岩波文庫を並べ終わると、失礼しました、と別の業務へ戻っていく。
その大蛇、というか象というか、のコンテンツ群の士官がおもむろに口を開いた。
「イートインの席からずっと見てたんだ、新潮文庫ではフィリップ・ロスの『素晴らしいアメリカ野球』、それにラヴクラフトの『アウトサイダー』、それに加えて日付がかわったら岩波文庫を買おう、と。そんなところだろ?」
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