エンジントラブル

3/4
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「レストランより、家でお祝いしてほしいな」  彼女がそう言ったのは、もう何ヶ月も外食などしていない奏多への気遣いだと分かっていた。普段から、感謝してもしきれないほど尽くしてくれている桃子。  料理はあまりできないけれど、朝からやれば夜までにはなんとかなるはずだ。部屋をピカピカのキラキラにして、プレゼントと花束を渡して、彼女をびっくりさせよう。何日も前から、奏多はその日のプランを考えていた。  それなのに。  桃子を仕事に送り出し、一人の部屋で準備を進めるうちに、胸にじわじわ不安が迫ってきた。ドラマに出てくるような完璧なパーティーを、自分なんかが演出できるだろうか。足りないものはないか。あったら買いに行けるのか。片付け、掃除、料理に買い物、宅配の受け取りと飾り付け。自分はそんなに、がんばれるだろうか。  背中を汗がつたい、動悸が不安を煽る。  隠し持っていた咳止めに震える手を伸ばしたのは、昼過ぎのこと。一箱分飲んでも気持ちが落ちつかず、そのことが不安を加速させた。もう一箱、もう一箱と開けてしまい、途中からはもう、何も分からなくなってしまったのだ。死ぬかもしれない、そんな危機感も感じられないほどに。  取り返しのつかないことをしてしまった。けれど、これだけは確かだ。 「死ぬつもりで、薬を飲んだわけじゃない……俺はただ、桃子の誕生日を、最高で特別な一日にしたかっただけなんだ……っ」
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!