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(なんだか変な感じだな……体が軽い)
奏多は特に行くあてもなく、人気のない道を歩いていた。ラン僕ギーニらしくもなく緩慢に歩を進め、ふと、小さな店の前で足を止める。店先にかけられた三連の白い暖簾には、太い筆文字で五、平、餅、と一文字ずつ書かれていた。
「五平餅か……」
開け放った引き戸の内側から、たれを塗った餅を焼く、甘く香ばしい香りが漂ってくる。その魅力に抗えず、少し背を屈めて店内を覗き込んだ奏多を、柔らかな子どもの声が迎え入れた。
「いらっしゃいませ、どうぞお入りください」
驚いて目を向ければ、店舗の真ん中に鎮座する囲炉裏テーブルに、十歳くらいの少年がぽつんと座っている。その髪は室内灯にキラキラ輝く金色で、和風の店舗にはやや不釣り合いに見えた。
シャラララン
促されるまま敷居を跨ぐと、背をかがめた奏多の頭上で、ウィンドチャイムのような音がした。
少年の斜向かいの長椅子に腰をかける。寒さなど感じていなかったのに、囲炉裏のあたたかさにホッとする。小判型の五平餅が並べられた金網の下で、薪が爆ぜてパキンと小気味良い音を立てた。
(別に囲炉裏や炭火に思い出なんかないのに、なんで懐かしいような気になるんだろうな……)
日本人のDNAに刻まれているのだろうか、そう考え、そのDNAを次世代に繋げなかったことに胸がチクリと痛む。孫の顔を楽しみにしていた両親と、子ども好きだった桃子の笑顔が眼裏に蘇った。
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