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「どうぞ」
少年の声に、ハッと顔を上げる。食べるとも言っていないのに、彼は金網の上で焼きあがった五平餅を一つ、皿に乗せて奏多の前に置いた。
「美味しいですよ」
にっこりと、翠色の目を細めて勧められる。奏多はつられて薄く笑みを浮かべ、香ばしい餅に刺さった木の棒に手を伸ばした。
「じゃあ、いただきます」
普段なら、こんなシチュエーションで食べ物を口にしたりしない。が、この期に及んで断る理由もないだろう。
大きめに一口かじり、白米でできた餅を奥歯で噛み潰す。砂糖醤油の甘さがじんわりと舌に染み、飲み込むと、胡麻と味噌の香りがふわっと鼻にぬけた。
「はは……っ」
思わず、餅にくすぐられた喉から笑い声がもれた。
美味い、と、心から感じられたのはいつ以来だろう。
奏多はもう何年も、味覚障害に悩まされてきた。好物さえ砂を噛むようにしか感じられず、そのうちに食事が面倒になった。桃子が作ってくれた料理にも、味より申し訳なさを感じるばかりだったのに。
甘じょっぱいたれのからんだ、もちもちした白米。舌をなでる、半づきの米の一粒一粒。飲み込むときの心地よい弾力までが新鮮で、奏多は野良犬のようにガツガツと五平餅に食いついた。
(なんだこれ……)
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