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「なるほど、それで、酒壺を……」
劉備は、しげしげと、酒壺を眺めた。
城の長い回廊を、無駄に重い酒壺を抱えて来たと、徐庶は、ひいーひいー、言っている。
壺の中身は、皆が呑んでしまっていた為に、代わりに、水を入れていた。
お役目を終え、退庁している、徐庶と孔明が、ここにいる理由付けとして、劉備と酒盛りを行うことにしたのは良いが、壺は、空。
そこで、水を入れ、途中、反劉備派の、誰かとかち合ってしまっても、中身を見せて、酒と思わせる。そして、体たらくな者共よ、と、笑わせて、その場を切り抜けられるように考えた末の事だった。
しかし──。
卓に、どん、と置かれた酒壺に、劉備は、
「孔明よ、そこまで先を読んだのか」
と、肩を揺らしながら、笑いを堪えている。
「ちょっ、ちょっと、待った!劉備の兄じゃよ!!」
張飛が、身を乗りだし、劉備に迫った。
「孔明、とは、どうゆうことじゃ!!!」
「ええ、先生は、あまりにも、大げさなので、孔明で、手を打ったのです」
何か?と、孔明が、張飛に答えた。
「うわあーーーー!!!ワシらは、雲長とも、益徳とも、呼ばれてないぞっ!!」
「雲長と益徳とは、どなたのことで?」
「関羽の兄じゃと、ワシじゃっ!!!」
なるほど、と、孔明は、頷いているが、張飛は、ますます、顔を真っ赤にして、苛立ちをあらわにした。
「劉備様、いや、兄じゃよ、これは、どうゆうことですか」
関羽も、静かにではあるが、それでいて、双眼鋭く劉備に問うた。
と、この険悪な空気を破ろうと、徐庶が、動く。
「いやーー!そうだな!孔明だ!これからは、孔明と呼ばせてもらうぞ!」
我らは、友ではないか、と、笑いながら、孔明の背中をバシンと叩く。
「い、痛いぞ、徐庶!」
あー、いいからいいから。皆様、今日からこやつは、孔明です。などと言い放ち、なっ、と、なにやら、孔明へ、合図する。
「はあ、まあ、そうですね。私は、そもそも、孔明ですから、はい……」
何が起こっているのか、分からずの、孔明は、ポカンとしている。
その、拍子抜けた具合が、また気に食わぬと、張飛が怒った。
結局、徐庶の気回しは、水の泡で、こりゃーもう、手に終えぬと、頭を抱えこむ。
そんな、修羅場とも言える場に、笑い声が響いた。
「いやはや、さすがは、諸葛亮様、いや、孔明様ですか。巧みな弁舌で人を煙に巻くのがお上手で!」
劉備の背後に置かれてある、飾り彫りされた衝立の後ろから、男が現れる。
瞬間、皆、唖然とした。
「孔明様、火傷薬を、お届けに……」
賭場で、火傷した孔明を手当てした、薬の行商人と称する、おそらく北の間者だろうと、睨んだ男が、頭を下げていた。
「おや、では、わざわざ、諸々をお知らせにあがる必要はなかったと。うん、劉備様は、既に、なにがあったのか、御存ということか。では、徐庶、我々は、帰ろう」
孔明は、なぜか、踵を返し、退室しようとした。
「ち、ちょっと、待て!どうゆうことじゃ!!!」
張飛が叫ぶ。
怪しい男がいたと、劉備に報告するため、わざわざ、水入りの壺まで用意して──。思えば、行商人を間者と決めつけたのも、酒盛りを考えたのも、孔明だった。
「ばつが悪くなったのか?諸葛亮よ、いや、孔明であったかな?」
と、関羽が意地悪く言うと、ふんと鼻をならした。
「まあまあ、皆、落ちつきなさい。これは、北の様子を探らせていた間者だ。今朝方、この街へ、戻って来たそうだ。この城の派閥状況を掴もうと、街のあちこちで聞きこみをしていた所、お前達と、出会ったそうだが?」
ふふふ、と、劉備は、小さく笑った。
「まあ、褒められることではない。が、聞かされた事は、実に可笑しかった」
ええ、ええ、劉備様にもお見せしたかった。と、男は、実に馴れ馴れしく、劉備に接した。
「なんじゃ、間者といっても、身内か!!」
「そのようだな。我ら側の人間ということか」
関羽と張飛は、鬼の首を取ったかのように、爛々とした目付きで、孔明を見た。
「そうですか。ならば、余計、用は無い。私は、これにて」
孔明は、頭を深く下げると、部屋から出て行った。
「なんとも人騒がせな行商人ですなぁ。まあ、お互い様ということですか」
徐庶が、つっかかる様な物言いをすると、男を一瞥し、孔明の後を追った。
部屋の外、回廊には、孔明が、たたずんでいた。
「ああ、徐庶、すまん……」
「なに、謝ることはない。あやつは、お前の睨んだ通りの男よ、気を付けなくては」
「うん、それは、当然のこと。しかしだな、私は、まだ、この街の夜道に慣れていない。屋敷の方向が、今一つわからんのだ。送ってくれまいか?」
はあ?!なんだそれは。
「やはり、お前は、孔明だ!孔明と、呼ぶぞ!良いな!」
ハハハと、徐庶は、呆れながら笑った。
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