軍師の嫁取り 8~戦の前には絆あり~

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徐庶(じょしょ)様、大変お世話になりました」 孔明の屋敷、客間にて、月英は無事に帰宅できたと頭を下げた。 それを見て、孔明も、慌て友へ頭を下げる。 「いやいや、奥方、何も、そこまで……」 恐縮する徐庶へ、 「こうしないと、旦那様は、いつ、頭を下げるのかが、わかりませんのでね、手本です」 と、月英が言い切る。その様に、ははは、と、徐庶は、笑った。 「違いない、孔明には、見せなきゃ、わからん、ですものな!」 「あら、孔明って?」 「あっ!黄夫人、今日から、私は、孔明なのです。と、いうことになったようでして」 モゴモゴ言う孔明に代わり、事情を徐庶が、手短に語った。 「あらー、やだ、まだ、野人がのさばってるってこと?!徐庶様?他に文官たる方々は?」 あー、まあー、いるには、いますが、やはり……と、問われた徐庶の口ぶりは重い。 「うーん、とにかく、うちの、孔明の、立場をハッキリさせなきゃいけないわけね。野人って、なかなか、手強いですわねー」 「はあ、奥方、何しろ、劉備様と、義兄弟だと、鼻高々、そこへ、孔明が、あらわれたのですから……」 「じゃー、私も、義兄弟ということなのかい?」 と、孔明が、言う。 「これは、明後日の方角から、なのか、それとも、冗談なのか?奥方、どちらで?」 さあ、知りませんよ、そんなこと。言ってみただけでしょう。それよりも、と、月英は、やおら、孔明の懐に手を突っ込んだ。 「や、や、や、ちょっ、黄夫人、そ、そのようなことは、寝室で……」 頬を赤らめ、孔明は、身を揺らす。 「まったく、何、言ってんですか、明後日出直して来なさいな」 夫婦のやり取りに、ぶっと、徐庶は、噴き出した。 「もう、遅いですから、お泊まりくださいと、言うべきでしょうが、徐庶様は、お帰りになるでしょう?ですから、こちらを。今日のお礼です」 孔明の懐から、抜き出した巾着を、月英が、差し出した。 「あー、私の、金子がっ!」 孔明が、小遣いがなくなったと、大騒ぎする横で、 「少ないですが、これで、母上様に、何か、美味しい物を。今、お包みできれば良いのですが、うちの、侍女達も、休んでいることでしょうし。もう!本当に、街の子は、使い勝手が悪すぎてっ!」 銭の入った巾着を、徐庶に、握らせながら、月英も、どこか、自分達の居場所がないと、愚痴った。 「うむ、どちらも、困ったことで、しかし!」 握らされた巾着は、結構な重みがあった。 「奥方、これは、いけません!」 「いいんですよ、どうせ、諸葛家の資産なんですから」 へっ?! 諸葛家の?! 屋敷に、使用人に、あらゆる物を、一式ぼんと、くれてやるとばかりに用意した、黄家の財産の端くれではないのかと、徐庶は、唖然とした。孔明の財産ならば、なおのこと、受けとることは、出来ない。 あの、小さな庵のような家で、畑を耕して作ったものを料理していた、質素な暮らしぶりが、徐庶の脳裏に浮かんでいた。 「あー、諸葛家も、戦火で一家離散がなければ、元いた土地では、かなりの名士の家。贅沢さえしなければ、遊んで暮らせる立場なのです。ご兄弟は、他国に仕官され、上位の位についておられますし、妹様は、有力名士の家へ嫁がれておられますし……」 じゃあ、孔明の、この、性格は、いわゆる、お坊ちゃん気質というやつで、晴耕雨読の生活は、単に、金持ちの道楽だった訳なのか?! 思えば、友と言いながら、お互いのことは、何も知らなかった。 月英の告白に、徐庶は、弟と手を取りあって、地味に暮らしていた、あれは、なんだったのかと、叫びそうになっている。 「あら、徐庶様、御存じなかったのですか?名士界では、基本のき、ですよ?」 んなもん、知るかっ、こっちは、後ろ指を指される、単家の出。勢力がない貧しい家の出身が、そんな、基本に、触れることなどありえぬわっ!! ふふふ、と、月英は笑っていた。 あー、こちらの胸の内は、お見通しか、と、徐庶は、すぐに割りきった。 「なるほど、孔明の銭なら、遠慮なく頂いておきましょう。まあー、どれだけ、人に迷惑をかけたことやら」 「ええ、そうでしょうねぇ、これからも、遠慮なくどうぞ」 月英は言うが、ちょっ、ちょっと、と、孔明は、少ない財産なんですよーと、涙目になっていた。 「しかし!旦那様!いざという時に助けてくれる、友が、一番の財産でしょう!多少の出費は、覚悟なさいませ!無くなれば、黄家が、動きます!」 「ですね、友は、大切です。でも、銭も大切ですけど、黄夫人が、そうおっしゃるなら」  うん、と、孔明は、納得している。 しかしだぞ。 と、徐庶は、思う。 結局、孔明は、奥方経由で黄家に頼るつもりではないか。 こりゃー、甘えた考えに、渇を入れてやらねばならん。こいつとは、一生の付き合いになりそうだ。 まったくもって、と、思いつつも、その将来が、徐庶には、楽しみに思えたのだった。 しかし、まさか、敵味方の仲になる運命が待ち受けているとは、この時は、誰も予想できなかった。
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