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この、劉備の部屋での騒ぎを、覗き見している者がいた。
と、いうより、かれこれの騒ぎ。部屋の外へ声が漏れない訳もなく、覗き見しなくとも、十分、内側で何が起こっているか、知ることが出来たのだが……。
探っていた者は、速やかに立ち去ると、中庭を抜けて城の裏口へ向かった。
「お嬢!!」
「あー、やられた!こりゃー、まずいぞ!これまで、だ!」
雲に隠れていた月が、一瞬、姿を現した。
うっすらと差し込める月光は、裏口に集まる、馬上の男達を照らし出す。
地面には、見張り役の兵が倒れていた。
そして……。
「さあ、曹操様へお知らせせねば。残念ながら、すべての策は、失敗した。おとがめは、恐ろしいが、諸葛亮を、侮っていたのが、まずかった。しかし、月英は、ともかくも、諸葛亮が、あそこまで、切れ者だとは思ってもいなかった。うちの、父ちゃんまで、取り込みやがって!」
まとめあげる者の声は、どことなく、幼い。それでも、男達は、おとなしく、従がっている。
夜空の雲が、流れて行った。
月は、さらに、くっきり、浮かび上がり、辺りを照らす。
「丁度いい明かりだな。さあ、行くよ!」
へい!と、男達は、返事をする。
先頭の馬に、相乗りし、指揮をとっているのは、男の子の格好をした菜児だった。
「あたいは、賭場をもっと、大きくして、いや、戦火に巻き込まれない場所で、儲けたいだけなんだ!それを、どこも平定できてない、劉備なんかと、父ちゃんは組みやがって!!!ここを、曹操様に治めていただければ、ほかの土地同様、裕福になれる。なのに、なんだいっ!」
あたいは、間違ってるかい?
と、後ろに乗る手下に、菜児は問うた。
「いえ、お嬢、このままだと、親分は、諸葛亮の言いなり、あの、弁に丸め込まれ、なんの役にも立たない劉備に、入れ込むだけ入れ込んで、ポイされるのが、目に見えてます。だが、曹操様は、どうだ、ちゃんと、繋ぎを送られて、常に、こちらの動きを把握しようとされている」
「だろ?あの方なら、国土全てを平定できる。ここは、誰も台頭していない。あの、諸葛亮さえ、押さえれば、劉備の腕では、曹操様には、勝てっこない。……あいつだな、諸葛亮、あいつを、押えなければ」
菜児は、しっかり先を見つめ、皆に言い放つ。
「さあ、これからが、勝負だ!馬を、飛ばすよ!!!」
一団は、速度を早め、北へ、曹操の元へと向かった。
そして──。
劉備の配下、諸葛亮を侮るべからず。その一族もろとも、気をつけられよと、報告するのだった。
この、菜児によって報告された旨が、その後、諸葛亮の一族すべてを抹殺せよ、と、曹操に命じさせるきっかけになる。
と、まさか、裏で、そのような、動きがあるとは、誰も思っておらず……。
劉備は、関羽と張飛に、孔明と徐庶を、いずれ、参謀──軍師として置くことを認めさせていた。
一方、孔明の屋敷では、月英、徐庶が、顔を付き合わせ、野人対策に頭を悩ませている。
「まあまあ、二人とも、人の心は、そうそう、簡単に動かせられるものではありませんし、あのお二人にも、思いがございますでしょう。そう、野人、野人と、罵ってはなりませんぞ」
「ったく!孔明よ!誰のせいで、こっちは、苦労してると思ってんだ!そもそも、その、他人事のような態度、それが原因だろ、野人達を怒らせているなっ!!」
「ん?徐庶のことも、怒らせて……ますかね?もしかして。黄夫人、どうでしょう?」
「あら!なんだか、進歩してますよー!!」
うふふふと、月英が、徐庶へ向けて、笑いかける。
相変わらずの妖艶さに、徐庶の頬は、染まっていた。
「まあ、明日には、また、何らか動きがあるでしょう。入り込んでいる間者が、さて、どこまでの者、なんでしょうねぇ。でも、私は、火傷を手当てしてもらい……なんとなく、恩があるのですけど……」
そんなもん、相手の手、に、決まってんだろ!と、徐庶は、呆れ返った。
「あら、そうだったわ!旦那様、火傷の手当てを……菜児!菜児や!」
「あー、黄夫人、菜児も、疲れて眠っているでしょう。そう、使っては……痛みもなくなり、大丈夫そうですし……」
うーん、と、月英は、納得いかない素振りを見せて、
「では、明日の朝、侍女に手当てをさせましょう。よろしいですね?」
と念を押した。
あー、そんな、大袈裟なー、と、孔明は、ゴニョゴニョ言っている。
「はいはい、新婚のお二人さん!邪魔者は、消えますから、どうぞ、ごゆっくり!」
徐庶が、手渡された巾着を、月英へ向けて掲げ、遠慮なくと、礼を言うと、部屋から出て行った。
こうして──。それぞれの思惑が動きだし、それぞれの大志が絡み合う。
劉備は、曹操の攻めに苦戦し、負け続き、挙げ句、徐庶の母親を人質に取られ、動揺した徐庶は、曹操の配下となった。
そして、運命の時が来る。
西暦208年──、孔明の働きによって、南の孫権軍と同盟を結んだ劉備軍は、曹操軍を赤壁の地で撃退。
この勝利が、天下三分の計のもとをつくり、加えて、軍師、諸葛亮の名を世に轟かせるのだった。
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