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夜風は止まり、空の雲も流れぬ。
変わって、男達が、馬を走らせ疾風を巻き起こしていた。
「城門を開けてくれぇー!」
張飛が、遥か彼方にそびえる居城へ向かって叫んだ。
門番達には、姿が見えずとも、声の主は、分かっていた。
またか、と、しぶしぶ、閂を外し、重い扉を押し開け、叫んだ男の到着を待った。
「いやいや、すまん!街で旨い酒を見つけてなぁ、せっかくだ、劉備様も交えて、飲み直すかと、盛り上がっておるのよ。わはははは」
聞かれてもない事を、張飛は言って、笑い飛ばす。
これも、いつもの事と、門番達は、早う行ってくれ、門が閉じられぬわと、ばかりに、渋い顔を見せた。
「ん?ちよっと、待て、一人足りん」
関羽が言う。
その言葉通り、おーい、しばし、しばしー!と、情けない声が流れてきた。
「諸葛亮か……」
「あいつ、何をやっておるのじゃ」
「まあまあ、お二人とも、しばし、待ってやってください」
そして、門番さん、すみませんねぇ、と、徐庶が言い、懐から、銭を取り出した。
「馬上から、あいすみません、なにせ、これ、酒壺を抱えているもんでねぇ。結構重いんですよー」
などと、へらへらしながら、銭を放り投げた。
「務めが終わったらそれで、……」
徐庶から、受け取った銭を両手で、受け取り、門番の、渋い顔は、やや、緩やかになった。
そうこうしているうちに、
「はあ、なんと、足の速い馬なのですか。着いて行くのが精一杯で」
孔明が、追い付いて来た。
「あー、諸葛亮よ、徐庶に感謝しろよ!」
関羽が、門を潜ったばかりの孔明を睨み付ける。
「あー、はい。わかりました。理由は、わかりませぬが、徐庶よ、すまん」
言って、深々と頭を下げた。
「ははは、まあ、いいさ、さあ、行くぞ」
友を庇う徐庶に、関羽と張飛は、苛立ちを隠せない。
「なあ、兄じゃ、本当に諸葛亮という男は、使えるのか?」
「うむ、劉備様は、やけに信頼しているが……」
「賭場でも、北の間者が潜り込んでいると、言い切った。その言葉をうっかり信じて、駆けて来たのじゃが、よかったのだろうか?」
「張飛、お前も、そう思うか?」
うっぷんぱらしに、賭場で大暴れ、そして、間者が混じっていると、諸葛亮の弁に、慌てて、仕える劉備に報告するため、酒盛りだなんだと、芝居まで打っている。
これは、正しかったのか?
飄々としている、諸葛亮の姿に、関羽も張飛も、疑心暗鬼になっていく。
そして、その、根っこというべき所。劉備とは、義兄弟の契りを結び、幾多の苦労を乗り越えて来たにもかかわらず、劉備は、いわゆる、ぽっと出の、諸葛亮を、先生と呼んで、慕ってばかりいる。
しかも、先生、と、呼ぶには、親子ほど歳が離れているというのに。
経験ならば、三人で、積んで来た。
それなのに、若造に、頭を下げて、教えを乞う劉備にどこか、納得がいかなかったのだ。
それを、嫉妬と、いうのだと、これまた、諸葛亮の妻である、黄夫人に指摘され、関羽と張飛は、何処へも、沸き起こる苛立ちを、ぶつける事ができなかった。
「のお、兄じゃ、劉備様は、志をお忘れになったのでは……」
諸葛亮の妻は、この地の名士の娘。そして、世話になっている、居城を守る州牧、その他、重鎮とも、妻経由ではあるが、諸葛亮は縁戚関係にあたる。
つまり、諸葛亮に、着いておけば、要らぬ争いもなく、この地で、ぬくぬくと、過ごせるのだ。
「……いや、まさか。そのような、腐った考えを、劉備様がおもちになるはずはない。何を言って、いるのだ、張飛!」
「お、おお、そうだ、そうだよなぁ。劉備様に限って、官僚達の犬になど、なるはずがない!」
ああ、と、義弟の意気込みに、関羽は、頷き、しかし、張飛よ、と、言った。
「賭場で、暴れたのは、不味かった。そこは、我らの落ち度ぞ。わかっておるな?」
「ああ、ゆえに、城へ引き上げてきたのじゃ」
「我らの行いで、劉備様を窮地に落としては、ならぬ。よいか、誰が、などと、今は忘れ、最善の策を皆で、考えておくのだ。よいな?」
仮に、諸葛亮が、名案をだしたなら、素直に従えと、義兄は、言っているのだと、張飛にも理解できた。
すべては、劉備様をお守りするため。
我らは、契りを結んだ、義理
兄弟なのだからと──。
「あの、お二方、お急ぎください」
災いの元、孔明が、何も知らず、関羽と張飛に、声をかけてきた。
「ああ、わかっとる!」
「チッ、諸葛亮のやつめ!」
結局、二人は、己が気持ちを押さえる事ができぬまま、劉備の所へ向かったのだった。
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