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おかえりなさい
「へえ、なんにも変わってないんだ」
目の前に聳え立つのは、厳かな鉄の柵。
その奥に見えるのは、一般的な学園にしてはやけに煌びやかな洋風の建物。その隣には、滅多にない外出で使用される数十台の高級車がずらりと並んでいる。
「この学園の異常な金のかけ方は健在かあ」
思わず溢れてしまった今の発言から察している人もいると思うけど……そう、この学園は日本屈指の超金持ち学園。
それはもう一生遊んで暮らせるどころか、小さな島くらいだったら余裕で買えちゃうくらいの富豪が集まる超超超セレブ男子校だ。
そんな場所に、季節外れの転入生ことボクは、超難関と言われる外部入試を経てやってきたわけなんだけど……
「だーれか、いませんかー」
さっきからずっと待ってるんだけど、一向にお迎えが来ないんだよね。
おかしいな、王道学園のお迎えは副会長が相場だって決まってるからあの子に会えると思ってちょっと楽しみにしてたのに。残念。
「気長に待つかあ──…」
見渡した限りインターホンもないしなあ。
あ、ちなみに唯一の連絡手段であるスマホは充電切れした。この学園があまりにも山奥にあるせいで、長い長い道中で普通に切れた。
こんなことになるなら、ここまで送ってくれたタクシーにちょっとだけ待ってもらっておいたらよかったかも。
(まだ6月で、熱中症や凍死の心配もないのが幸いだったかな)
生命の危機がないなら焦る必要もない。
まあ、いつかは誰かが気づくでしょ、と諦めモードに入る。
侵入する手がないわけじゃないけど、とてつもなくやりたくない。この、かなりの高さがある柵を飛び越えるなんて、王道転入生みたいで嫌だし。
ん? さっきから自分達と同じ匂いがするって?
ちがうちがう。ボクはほんのすこーしそっち方面の知識があるってだけで、別に腐ってるわけじゃないよ。
昔、身近にやたらと布教してくる人がいたからさ──、あ。
「………そこにいるよね。ひどいなあ、見てるだけなんて」
「っ!」
「誰かを呼ぶこともせず、自分から声をかけることもせず、そうやって放置されてる転入生を見てるだけなんだ?」
「………………………げえ」
しばらく沈黙を決め込んでいたようだけど、ボクの視線が自分から動かないことに観念したのか、視線の先、柵の奥の草陰がカサリと揺れる。
現れたのは、黒髪黒目、中肉中背のいかにも平凡な男子学生。
その顔に嫌そうな表情を盛大に貼り付けて、渋々と言ったようにこちらに近づいてくる。
「………なんでわかったん? もしやお仲間?」
「やだなあ、一緒にしないでよ」
「いや、それがわかるってことはお仲間でなくてもこっちよりは確定だし!」
「……誰のせいでそうなったと思ってるの?」
「誰のせいって、誰のせい?」
「………まさかと思ったけど、ほんとうにボクのこと忘れたんだ」
「…は? こんな165、6センチちょっとの、白髪で色白の、目がくりくりの睫毛バサバサの、ほっそい奴なんて知らな……なに、もしや自分のことを知らない人間はこの世にいないとでも? まあそれだけ顔が良けりゃ自意識過剰にもなるか! ヒャッホー! 顔の良いBL要員ゲットだぜ!これでまた妄想が膨らむ!」
「…………」
やっぱり副会長に来てほしかったなあ。
(今からでも来てくれないかな)と小躍りしている平凡くんの後ろをひょいと覗き込む。すると、その動きで何かを察知したのか、平凡くんはわざとらしくこほんと咳をした。
「お仲間のお前なら副会長がここにくると思ってたんだろ? 残念! 前回からその制度はなくなりました!」
「だから仲間じゃないってば」
「今から1ヶ月前くらいにな、お前みたいな美形じゃなくて本物の王道転入生が来たんだよ!モジャモジャのカツラ!瓶底メガネ!あのときは最高に滾ったな!!ついに待ち続けた王道転入生がやってきたってな!!!」
「また今日みたいに覗き見してたんだね」
「その王道転入生はなんと迎えに来た副会長にキッ、キッ、キッスをしようとしたんだ!」
「キスの言い方童貞くさ」
「それで気分を害した副会長は全力でお迎えの儀式を廃止してしまったというわけだ!長いから経緯は省くが」
「その経緯が一番気になるんだけど?」
「普通なら副会長が王道転入生に接吻をするはずなんだが、なんか違ったなー…」
「接吻(笑)」
「楽しみの一つだった副会長のお迎えの儀式がなくなったのは悲しいが、まあ副会長も相当参ったんだろうし………しょうがない。そういうわけで副会長はここには来ないぞ!」
「? じゃあ、誰がボクを迎えにくる予定だったの?」
「? そこにインターホンあるだろ? それ押せば守衛さんが来てくれるぞ」
「…………」
「ほら」と平凡くんが指差す方を見ると、壁に埋め込まれたインターホンが……いや、見えずら!!
もはや見つけてくれるなとでも言わんばかりの擬態ぶりじゃん。これはあまりにも来訪者に厳しすぎだと思うよ。無言の門前払いも同然じゃん。
「ちなみに、内側からなら誰でも自由に開けられるようになってる!」
「………もう面倒だし、君が開けて」
「じゃあ一応お名前をどうぞ!」
「………堤下 泉」
「よーしよし、事前に不正入手した転入生の名前と合致するな」
「流れるように不正を暴露するじゃん」
「お前が本当に当人であることが確認できたから、じゃあ開け──、」
開けようとして柵に手をかけた状態で、平凡くんがぴたりと動きを止めた。
そのあと、何かに気づいたようにハッとこちらを向き、(まさか……)というような顔をする。
「……ちょっと待て。お前…」
「あれ、やっと気づいた? というか気づくタイミングが独特すぎるんだけど。今のどこに思い出す要素があった?」
「………うそだろ……本物…?」
「ふふ、さっきはよくも自意識過剰だのなんだの好き勝手言ってくれたよねえ」
「いや、だって、おま………」
「髪を染めたとか、あの頃のボクと乖離するような変化があったならまだしも、そうでもないのに気づかないなんて薄情だなあ」
「だって、まさか帰ってくるなんて……苗字も変わってるし………」
「苗字は、まあ色々あって」
「……………」
平凡くんはあんぐりと口を開けたまま固まった。
「そんなに驚く?」
「そっか、帰ってきたのか……」
「なに。うれしくないの?」
「うれしい、嬉しいよ。うん、……ごめん、遅くなったけど………
おかえり、泉」
懐かしそうに笑った平凡くんを見て、思わず目を瞬いてしまう。
「ただいま」
かつての親友に忘れられたのかと思ったよ。
そう言って笑い合うボク達の間に、爽やかな風が吹き抜けた。
「ねえ、一ついい?」
「何?」
「いい加減、この柵を開けてくれない?」
「あ、ごめん」
何はともあれ、3年ぶりの学園である。
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