きみがいる朝へ

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栄養をとるどころじゃない。美容にも健康にも悪いはず、だから、この小箱の購入を繰り返す虹花の気持ちはなんなんだろう。 自分ではない人間になる。 家族や友人、恋人に恵まれた存在であっても。病に倒れる運命の人でも、誰かを殺したことがある者でも。それが何かを演じるということを職業に選んだわたしの運。 理解できない感情なんてない、と言い聞かせる。 自分が憑依型と呼ばれるタイプではないことにも気づいていた。 台本を読み込み、演じる人物と対峙し、言葉を交わし、創り上げ、隅から隅まで知り尽くす。そうしなければ、わたしはわたしでしかいられなくなってしまう。 幼いころから、自分じゃない誰かになってみたかった。 一番仲の良い子やクラスで目立つ子。体育や飼育委員が上手な子。勉強を教えるのが上手い先生。お誕生日会を開いてくれるお友達の優しいお母さん。上級生に恋をする隣の席の女の子。時にはいろんな人を虜にする遊び人の男の子。 自分にはないものを持つ人。何かを上手くできる人。何かが欠落している人。どこか儚げな雰囲気を持つ人。 あの職業の人。これを持っている人。泣いている人、笑っている人、怒っている人。なんでも、誰でも、動物でも花でも雨でも真似をした。 乗り移るわけじゃない。その人そのものになって人生を歩む。 そのことに異常に憧れた。 自分として生きている時間が短ければ短いほど、わたしは幸せだった。 幸せなことをしていたいと演者を目指した。
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