乙女地獄

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 ――終業を告げるチャイムが校内に響く。私は、今日も一日が終わったなーと思いながら帰り支度をしていると、声をかけられた。 「乃良(のら)ー、一緒に帰ろ」  声の主は美雨(みう)だった。頭をピンクにし、さらに毛先を緩く巻いている。うちの高校は比較的緩いから許される髪型だ。もっとも、私は黒髪だし、パーマをかけていないショートヘアだが。  私は美雨の誘いに快く応じ、共に教室を出た。 「美雨のうち、寄っていい?」 「もちろん!新刊、仕上げないといけないしね」 「でも中身書いてるの、美雨じゃない。私なんかいても、邪魔にならない?」 「そんなことないよ。だって、ストーリーは乃良担当でしょう。あたし、話書けないし…」 「じゃ、お言葉に甘えようかな……?」 「ぜひぜひ!それに一緒にいてくれた方がはかどるしね」  美雨は万遍の笑みを浮かべた。私も微笑みを返す。  私は、美雨が世界でいちばん可愛いと思っている。美雨とは、ここ、高校で知り合った。最初に美雨を見たとき、「なんでこんな可愛い子がいるんだろう」というのが、第一印象だった。  それに引きかえ、私はというと、女の中では文字通り、頭ひとつ分飛び抜けているし、それに可愛げがない。  そのせいか、男だと間違えられることも、しばしある。といっても、そっちの方が楽だからという理由で、あえて男っぽい格好をしてるのだが。  対して、美雨は、いわゆる『女の子っぽく』するのが好きなようだ。制服でも、ツインテールにしてそれをアピールしているんだけど、私服となると、それが顕著になる。  服の趣味は真逆だが、美雨は創作が好きで、よく絵を描いている。それが中々の出来栄えで、それを見た私は、「すごいね。プロとしてもやっていけるよ」なんて言ったりしたものだ。まぁ、美雨は「いやいや、プロなんて。あたしより上手い人は沢山いるよ」って言っていたが。  実際にプロとしてやっていかれるかどうかはともかく、私は美雨の描いた絵に心打たれた。私も創作が好きで、小説を書いたりしているのだが、生憎、美術は2だ。だからこそ、絵が上手い美雨に憧れたのだ。  美雨に、絵は描けないけど、小説なら書いてるよ、なんていう話をしたら、美雨は興味を持ったので、執筆した小説を見せてみた。  ネットに上げているとはいえ、知り合いには見せたことがない。反応が怖いというのもあるけど、なによりも、私の内面という内面をさらけ出しているわけで、恥ずかしかったからだ。誰が言ったか知らないが「創作物は心のヌード」とはよく言ったものだ。  私の書いている小説『没落令嬢は次期公爵に愛される』は、いわゆるファンタジーもので、主人公である没落貴族の令嬢のアーデルハイドと、公爵家の次期当主であるディートヘルムが恋に落ちる、身分違いの恋を描いたラブストーリーだ。  それを読んだ美雨の反応はというと、「すごいね」と大絶賛してくれた。特に、ディートヘルムが気に入ったようで、「ディートヘルム様、本当に素敵…」と言う具合に、すっかり心酔していた。 「そ、そうかな?」  正直、こそばゆかったが、ここまで自分のキャラに惚れ込んでくれるというのは、作者冥利に尽きるというか、とにかく嬉しかった。 「うん!特にこのへん、すごくいい!」  美雨がとある箇所を指差した。それは、ディートヘルムが危機に瀕したアーデルハイドを間一髪で助けるシーンだった。 「ディートヘルム様には、時期当主として、冷たくならざるを得ないときもあるけれど、いついかなるときでも、アーデルハイドのことを忘れない、そんな熱さがあるっていうか…ここは、そんなディートヘルム様が、いかに己がアーデルハイドのことを愛しているのか、再確認するシーンなのよね…」  美雨は恍惚の目で、遠くを見ていた。  ――とまぁ、こういう話をしているうちに、いつの間にか仲良くなっていたというわけである。今ではすっかり親友同士だ。  拙作の没落令嬢をいたく気に入った美雨は、それを元に同人サークルを立ち上げようと言い出した。  私はその話を聞いたとき、つい怖気付いてしまった。自分の作品を題材にされるのが嫌だったからではない。むしろ、嬉しかった。  ただ、本を出すとなると、話が違ってくる。ネットに上げるのだって、世に出すことに変わりはないのだが、この場合は、イベントに参加したり、そのための準備をしたり、締切が発生したり、なにより、金銭のやり取りをしたりするのだ。責任重大ではないか。   私の心配をよそに、美雨はノリノリで話を進めていった。笑顔を浮かべながら、嬉しそうに語る美雨を見ていたら、もう何も言えなかった。 「それじゃ早速、本、作りますか!」  そういうわけで、私は美雨と共に、一次創作の同人誌を作る羽目になった、というわけである。
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