1人が本棚に入れています
本棚に追加
「大森さん! 開けてください!」
介護士である宮城の叫びが響き渡り、ドンドンとドアを叩くも梨の礫。
「鍵は!?」
「中に持って入られたみたいで」
「なんでそういうところは周到なのよ……!」
今、宮城達が集まっているのは備品倉庫の前だった。そしてそこが事件現場だった。
利用者の大森は八十九歳の認知症患者だ。彼女は鍵を盗み出し、倉庫に閉じこもった。彼女の意図はわからない。意図などないのかもしれない。しかしこのままにしておけない。
と、その時。
「腹が減った。飯はまだかね?」
現れたのは鈴内という男性利用者だった。彼もまた認知症であり、食事は三十分前に終えている。
「お昼はさっき食べましたから、夕飯まで少し待ってくださいね」
正直、鈴内にかまう暇はなかった。幸い鈴内は穏やかな方なので、これで引き下がってもらえるはずだ。
だが、鈴内の目は閉じられたドアをじっと捉えている。
「なあ、そのドア。開かないんじゃないのか」
「えっ……と」
宮城はこの状況をどう説明しようか迷った。そもそも説明して理解してくれるかどうかもわからない。そう迷っているうちに、鈴内の方から動いた。
「宮城さん、ピン貸してくれ」
「ピン?」
「髪のピンだよ。一つでいい」
何だかわからない内に、宮城はヘアピンを鈴内に渡した。鈴内はそれを注意深く伸ばしたりねじったりしてから――鍵穴に差し込む。
すると、三分も経たない内にドアが開いたのだった。
「ええっ!? ……鈴内さん、ありがとうございます!」
「まあ、これくらいはな」
ピッキングに使ったヘアピンを宮城に返して、鈴内はにやりと笑った。
「でも、どうして、こんな……?」
「今なら全部時効だけどな。まあ、聞かないでおいてくれや」
宮城はそれを汲むことにした。彼の穏やかな老後には、必要のない記憶であろう。
最初のコメントを投稿しよう!