泥棒は手が覚えている

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「大森さん! 開けてください!」  介護士である宮城の叫びが響き渡り、ドンドンとドアを叩くも梨の礫。 「鍵は!?」 「中に持って入られたみたいで」 「なんでそういうところは周到なのよ……!」  今、宮城達が集まっているのは備品倉庫の前だった。そしてそこが事件現場だった。  利用者の大森は八十九歳の認知症患者だ。彼女は鍵を盗み出し、倉庫に閉じこもった。彼女の意図はわからない。意図などないのかもしれない。しかしこのままにしておけない。  と、その時。 「腹が減った。飯はまだかね?」  現れたのは鈴内という男性利用者だった。彼もまた認知症であり、食事は三十分前に終えている。 「お昼はさっき食べましたから、夕飯まで少し待ってくださいね」  正直、鈴内にかまう暇はなかった。幸い鈴内は穏やかな方なので、これで引き下がってもらえるはずだ。  だが、鈴内の目は閉じられたドアをじっと捉えている。 「なあ、そのドア。開かないんじゃないのか」 「えっ……と」  宮城はこの状況をどう説明しようか迷った。そもそも説明して理解してくれるかどうかもわからない。そう迷っているうちに、鈴内の方から動いた。 「宮城さん、ピン貸してくれ」 「ピン?」 「髪のピンだよ。一つでいい」  何だかわからない内に、宮城はヘアピンを鈴内に渡した。鈴内はそれを注意深く伸ばしたりねじったりしてから――鍵穴に差し込む。  すると、三分も経たない内にドアが開いたのだった。 「ええっ!? ……鈴内さん、ありがとうございます!」 「まあ、これくらいはな」  ピッキングに使ったヘアピンを宮城に返して、鈴内はにやりと笑った。 「でも、どうして、こんな……?」 「今なら全部時効だけどな。まあ、聞かないでおいてくれや」  宮城はそれを汲むことにした。彼の穏やかな老後には、必要のない記憶であろう。
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