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ベッドに腰かけて窓を見やると、藍色のカーテン越しですら星々が強く瞬いているのがわかるくらいに布の淵から光が漏れ出している。カーテンにプリントされた金色や銀色の星の柄がちゃちだった。世界がこうなると知っていたなら、誰もこんなカーテンは選ばなかったし、つくらなかっただろう。
はいお茶、とユキヤからグラスを差し出されて、ありがとう、と受けとる。
「ユキヤ、ひとりで平気?」
「うん。連絡はとってるから大丈夫」
鏡で囲まれているかのように星々の反射が繰り返されるこの世界ではついに眩しさのあまり目もあけていられなくなり、外に出るのも難しいほどになっていた。こうなる前に帰宅できなかったユキヤの両親は職場で寝泊まりしているらしい。
ユキヤが隣に掛け、マットレスがすこし沈んだ。体温が近い。ユキヤの部屋は埃のような防虫剤のような、籠ったにおいが立ちこめていて、よその家に来ているのだという感じがする。もしユキヤと暮らすことになったらわたしもこんなにおいを纏うようになるのだろうか。わたしがおもいつく未来はもうやってこないものばかりだ。
「夢のなかならノーカンになる?」
不意にユキヤが言いだした。
「なにが?」
「ファースト・キス」
ずき、と胸が痛んだ気がした。どき、と高鳴る感じじゃなかったのが嫌だなとおもう。きっといまがそのタイミングなのに。恋を至上とする女の子たちが待ち望むような瞬間なのに。両手で包みこむように持っていたグラスのなかにはまだお茶が残っていて、天井と、隣に座っているユキヤの肩が映りこんでいる。
「ノーカンじゃないよ」
「じゃあ、やめとく。おれはいなくなることしかできないから」
「……うん」
会話は途切れて、ユキヤとわたしはただ隣に並んで座っている。カーテン越しの星の光がさっきよりも強くなっていた。もうおしまいなのだった。きょうでユキヤのいる世界がなくなってしまうとなぜだかわかっているじぶんがいて、でも、わたしは漫画の主人公みたいに勇敢さもなければ星々の氾濫をとめる術も知らない。ふたつの世界を行き来する能力が備わっているのだからそれくらい教えてくれたっていいのに神さまは優しくない。与えるだけ与えて、失わせるだけだ。
忘れないよ、も、ずっとだいすきだよ、も、口のなかで転がすだけにした。でないとキスをしなかった意味がなくなってしまう。おたがいにもっと物分かりがわるければ一瞬の愛に喜べたかもしれない、真面目は損をする、でもわたしたちは永遠を望むくらい大切に想いあっているから……後頭部のほうから闇に吸いこまれていく……どうか、さめるな……ぎゅっと手を握る……けれどそこにあった手はすり抜けて消えてしまう……躰がベッドに打ち上げられる……ぱちと目をひらく。部屋はまだ暗く、目覚まし時計を手繰り寄せると五時三十八分だった。さっきまでのことは曖昧な映像として切れかけの蛍光灯みたいにぷつぷつとわたしの記憶のなかで光っている。もう一度眠ればまだ間にあうんじゃないかとおもって目をとじたけれど、ちっとも眠れそうになかった。
涙が出てきて、枕に顔をうずめた。
顔も、声も、まだおもいだせる。
けれど、ユキヤはもういない。
もういないということは、間違いなく存在したということだ。
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