決してバレない様に

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「ガァー!」  ワニが大きな口を開けて、勢い良く池から飛び出して来た。観客は、それ見て大きな歓声を上げていた。 「グォー!」  巨大なハイイログマが仁王立ちしながら、ドスの効いた唸り声を上げる。それを見て遠足の保育園児たちは皆、大興奮している。 「キェー!キェー!キェー!ウホ、ウホ、ウホ」  十九匹のチンパンジーが、マイムマイムのリズムに合わせて、歌いながらフォークダンスを踊る。そのチンパンジー(ばな)れした、一糸乱れぬその動きを見て観客は、拍手喝采を送り、歓声を上げていた。  ここは今、(ちまた)で話題の動物園。連日メディアで取り上げられ、SNSでも話題になり、毎日多くの来場客が訪れる人気の動物園であった。  この動物園の動物たちは、(いわ)く『愛情と信頼に基づく関係の成果によって、サービス旺盛(おうせい)で、動物離れした完璧で、高度なパフォーマンスとショーが可能になっている』との事だった。そして、この動物園の真骨頂と言えるメインのパレードでは、数十頭の動物たちが芸や手品をしながら、園内を練り歩くと言う、普通の動物園では、とても考えられないパフォーマンスが見られるのだった。  もちろんライオンやトラなどの猛獣も、そのパレードには参加するのだが、観客を襲うなんて事はまず無かったし、暴れたりする事もなく園長の指示に従って、正確なパフォーマンスを見せるのであった。  パレードやショーなど、この動物園のこれら全ての仕掛け人が、この園長であった。ニコニコと誰にも愛想良く振る舞う園長は、今日も自ら保育園の団体客に園内を案内して回っているのだった。 「はいー、皆さん。コレが、我が動物園でも人気ナンバーワンのライオンさんでーす!ハイィー!」  園長が大きく右手を上げて合図すると、ライオンは勢い良く前足で檻に掴まり、『グォー!』と唸ってみせた。 「スゲー!」 「カッケー!」 「ヤバイー!」  園児たちは、その迫力満点のライオンに大興奮であった。園長は、その様子を満足そうな顔で見つめていた。そして、こっそりとアイオンの檻の対面にあるホワイトタイガーの檻に合図を送った。 「ぐ、グオぉー…」  そのホワイトタイガーは、ぎこちなく情けない唸り声を上げていた。その不甲斐ない姿に、園長はギラリとホワイトタイガーを(にら)んだ。 「アハハハハハッ…!このホワイトタイガーは、何だか変な鳴き方だぞ。変なの!ハハハハハッ…!」  その少しモジモジした様な、恥ずかしそうな様子のホワイトタイガーを見て、保育園児たちは大笑いしていた。 「ゴメンねー、皆んな。このホワイトタイガーは、先週ウチに来たばっかりで、まだまだ慣れてないんだよー。さ、次の動物の所へ行こうかー」  園長は、ニコニコと笑いながら園児たちを次の展示へと誘導して行った。そして、振り向くとホワイトタイガーに何か言いたげに睨み付けていた。ホワイトタイガーも、何かバツが悪そうに肩を落としている様子であった。  午後五時。今日の営業も無事に終了した。すると終礼のために続々とスタッフたちがバックヤードへと帰って来た。 「あー、今日も疲れた」 「やっぱり一匹(ひとり)足りないと、リズムが取りにくいし、間隔(かんかく)を合わせるのが大変だよ」 「それに今日は団体さんが多くて、休憩も短いし、準備も忙しかったから余計に疲れたな。流石に五回もショーを回すと(こた)える」 「チンパンジーはまだ良い。ワニなんて毎度毎度、大口を開けて『ガァー!』だぜ?一体、今日だけで何度サービスした事か…。(あご)、外れちゃうよ。その点、ハイイログマは…」 「わかってないな、お前ら。ハイイログマはハイイログマで、迫力の出し方や、立ち方にコツがあんるだ。舐めてもらっては困る」  いつもの様にスタッフ皆が“あーだ、こーだ”言いながら各々の席に着くと、園長が話し始めた。 「皆さん、今日もお疲れ様でした。皆さんのお陰で、今日もショーやパフォーマンス、パレードで、大きな事故(バレ)やトラブルは無かったです。ですが一点…」  園長は、ホワイトタイガーをきつく睨みながら聞いた。 「君は先週から、うちに派遣されて来た人だね?」 「ハイ…」 「今日のアレは何ですか?全然なってなかったじゃないですか」 「す、すいません…。いかんせん自分は、大きな声で吠えたり、(うな)るのは、まだ慣れないし、恥ずかしくって、その…」 「それは君が、チンパンジーとホワイトタイガーの変身用のビスケットを食べ間違うからでしょ?こっちは、色々と譲歩して、君の性格に合う様な配役をしていると言うのに」 「す、すいません…」 「まぁ、今日の事は多めに見ます。君は、もっとハイイログマさんやライオンさんを見て、勉強してください。こんな事が続く様なら、殺処分(クビ)も覚悟して下さいね」 「は、はい…」  園長は、その他の連絡事項などを伝えると、最後にいつもの様に念を押して終礼を終わるのだった。 「さぁ、皆さん。明日も決してお客様には、本当は皆さんが人間だとはバレない様に、本物の動物以上に動物を演じ、振る舞って下さいね。明日もバリバリ働きましょう!ウキキィー♪」終
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