0人が本棚に入れています
本棚に追加
「ガァー!」
ワニが大きな口を開けて、勢い良く池から飛び出して来た。観客は、それ見て大きな歓声を上げていた。
「グォー!」
巨大なハイイログマが仁王立ちしながら、ドスの効いた唸り声を上げる。それを見て遠足の保育園児たちは皆、大興奮している。
「キェー!キェー!キェー!ウホ、ウホ、ウホ」
十九匹のチンパンジーが、マイムマイムのリズムに合わせて、歌いながらフォークダンスを踊る。そのチンパンジー離れした、一糸乱れぬその動きを見て観客は、拍手喝采を送り、歓声を上げていた。
ここは今、巷で話題の動物園。連日メディアで取り上げられ、SNSでも話題になり、毎日多くの来場客が訪れる人気の動物園であった。
この動物園の動物たちは、曰く『愛情と信頼に基づく関係の成果によって、サービス旺盛で、動物離れした完璧で、高度なパフォーマンスとショーが可能になっている』との事だった。そして、この動物園の真骨頂と言えるメインのパレードでは、数十頭の動物たちが芸や手品をしながら、園内を練り歩くと言う、普通の動物園では、とても考えられないパフォーマンスが見られるのだった。
もちろんライオンやトラなどの猛獣も、そのパレードには参加するのだが、観客を襲うなんて事はまず無かったし、暴れたりする事もなく園長の指示に従って、正確なパフォーマンスを見せるのであった。
パレードやショーなど、この動物園のこれら全ての仕掛け人が、この園長であった。ニコニコと誰にも愛想良く振る舞う園長は、今日も自ら保育園の団体客に園内を案内して回っているのだった。
「はいー、皆さん。コレが、我が動物園でも人気ナンバーワンのライオンさんでーす!ハイィー!」
園長が大きく右手を上げて合図すると、ライオンは勢い良く前足で檻に掴まり、『グォー!』と唸ってみせた。
「スゲー!」
「カッケー!」
「ヤバイー!」
園児たちは、その迫力満点のライオンに大興奮であった。園長は、その様子を満足そうな顔で見つめていた。そして、こっそりとアイオンの檻の対面にあるホワイトタイガーの檻に合図を送った。
「ぐ、グオぉー…」
そのホワイトタイガーは、ぎこちなく情けない唸り声を上げていた。その不甲斐ない姿に、園長はギラリとホワイトタイガーを睨んだ。
「アハハハハハッ…!このホワイトタイガーは、何だか変な鳴き方だぞ。変なの!ハハハハハッ…!」
その少しモジモジした様な、恥ずかしそうな様子のホワイトタイガーを見て、保育園児たちは大笑いしていた。
「ゴメンねー、皆んな。このホワイトタイガーは、先週ウチに来たばっかりで、まだまだ慣れてないんだよー。さ、次の動物の所へ行こうかー」
園長は、ニコニコと笑いながら園児たちを次の展示へと誘導して行った。そして、振り向くとホワイトタイガーに何か言いたげに睨み付けていた。ホワイトタイガーも、何かバツが悪そうに肩を落としている様子であった。
午後五時。今日の営業も無事に終了した。すると終礼のために続々とスタッフたちがバックヤードへと帰って来た。
「あー、今日も疲れた」
「やっぱり一匹足りないと、リズムが取りにくいし、間隔を合わせるのが大変だよ」
「それに今日は団体さんが多くて、休憩も短いし、準備も忙しかったから余計に疲れたな。流石に五回もショーを回すと堪える」
「チンパンジーはまだ良い。ワニなんて毎度毎度、大口を開けて『ガァー!』だぜ?一体、今日だけで何度サービスした事か…。顎、外れちゃうよ。その点、ハイイログマは…」
「わかってないな、お前ら。ハイイログマはハイイログマで、迫力の出し方や、立ち方にコツがあんるだ。舐めてもらっては困る」
いつもの様にスタッフ皆が“あーだ、こーだ”言いながら各々の席に着くと、園長が話し始めた。
「皆さん、今日もお疲れ様でした。皆さんのお陰で、今日もショーやパフォーマンス、パレードで、大きな事故やトラブルは無かったです。ですが一点…」
園長は、ホワイトタイガーをきつく睨みながら聞いた。
「君は先週から、うちに派遣されて来た人だね?」
「ハイ…」
「今日のアレは何ですか?全然なってなかったじゃないですか」
「す、すいません…。いかんせん自分は、大きな声で吠えたり、唸るのは、まだ慣れないし、恥ずかしくって、その…」
「それは君が、チンパンジーとホワイトタイガーの変身用のビスケットを食べ間違うからでしょ?こっちは、色々と譲歩して、君の性格に合う様な配役をしていると言うのに」
「す、すいません…」
「まぁ、今日の事は多めに見ます。君は、もっとハイイログマさんやライオンさんを見て、勉強してください。こんな事が続く様なら、殺処分も覚悟して下さいね」
「は、はい…」
園長は、その他の連絡事項などを伝えると、最後にいつもの様に念を押して終礼を終わるのだった。
「さぁ、皆さん。明日も決してお客様には、本当は皆さんが人間だとはバレない様に、本物の動物以上に動物を演じ、振る舞って下さいね。明日もバリバリ働きましょう!ウキキィー♪」終
最初のコメントを投稿しよう!