手料理

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 大きく膨らんだスーパーのレジ袋を抱えてても、足どりは軽い。  彼と出会って一週間。  今日は名案を思いついた。  いつも仕事で遅い彼のために、手料理を作ってあげようと。  うきうきしながら、彼のマンションまでの道のりを歩く。  道の脇に咲いた小さな黄色い花を一輪摘んだ。  夕焼けもきれい。  私の弾んだ心が空に映ってるみたい。  合鍵で彼の部屋へ入ると、買ってきた食材を冷蔵庫に入れた。  キッチンの棚を確かめると、主な調理道具は揃ってる。  問題なく料理できそう。  でも、まずは掃除からかな。  男の人のひとり暮らしって、どうしてこんなに散らかるんだろ?  そう思いながらも、掃除するのも楽しい。 「あっ」  本棚の上のデジタルフォトフレームに元カノの写真を発見。  今は私のカレシだと分かってても、やっぱり嫉妬しちゃう。  元カノの写真を全部削除して、代わりに私の写真をいっぱい入れた。  他にも元カノの痕跡のあるものは全部捨ててしまおう。 「よぉし、おそうじ完了!」  ひとりで大げさに敬礼のポーズをとってみたりして。  1LDKの部屋が、入ってきた時とは見違えるほど片付いた。  手をきれいに洗って、持ってきたエプロンをつけると、いよいよ晩ご飯に取り掛かる。  料理は得意。  彼のことを想いながら手際よく調理していると、まるで新婚さんみたいな気分になって、鼻歌がかってに出てきちゃう。  それに合わせるように、包丁の音もリズミカルに響く。  彼は歳に似合わず、昔ながらの和食が大好き。  だんだんとダシのいい香りが部屋じゅうに広がっていく。  今、私は恥ずかしいほどの笑顔になっているんだろう。  人に見られたらと思うと、ちょっと頰が赤らむ。  好きな人のためにご飯を作るって、こんなに楽しいんだね。  おそろいのかわいい食器も用意してきた。  テーブルの上にふたり分の晩ご飯を綺麗に並べる。  最後に、摘んできた花を小瓶に挿し、中央に置いた。 「うん、我ながら上出来」  その時、玄関を開ける音がした。  計算通り、ちょうどいいタイミングで彼が帰ってきたみたい。 「おかえりー」  私は恥ずかしいくらいに、うきうきしながら出迎えた。  彼はすごく驚いた表情で、私とテーブルの上に並んだ料理を交互に見てる。 「今日はタカトのためにご飯を作ってみたんだよ。玄米ご飯に、焼き魚と根菜の煮物、それに、ほうれん草のおひたしとナスのお味噌汁。全部タカトの大好物だよね?」  彼はまだ部屋の入り口で固まったように立ってる。 「そんなに驚かせちゃったかな?」 私は首をかしげて微笑む。  そしてやっと彼が口を開いた。 「き、きみは……誰?」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加