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第13章 リハビリテーションな日常
だりあは自分で考えてるほど頭が悪いわけじゃない。わたしは以前から常々そう思ってた。
別に越智のことをけなす意図はないが。あいつが◯◯高校に受かるんなら、だりあだって頑張る気がありさえすれば別に可能だったんじゃないかと今でも思ってる。本人が勝手に思い込んで自分の限界を設定して、それより上に行こうって気が最初からゼロだっただけで。
だから、資格試験を受けて履歴書に書ける項目を増やしたら。と提案したとき、あの子がわたしなんかには無理だよと不安がって渋ったのを見てまだあんなこと言ってる。と内心で半分呆れた。
調べてみた印象としてはエキスパートはともかく、スペシャリストはかなり実践的なスキルを問う内容で難易度もいうほどじゃなさそうだ。パソコンに触ったこともないっていう経歴の人ならそりゃ、苦労するだろうが。通り一遍とはいえ仕事で実際にWordやExcelに触れたことのあるだりあにとっては、めちゃくちゃ取るのが難しい非現実的な高嶺の花の資格とはいえないんじゃないか。
そう言ってやって尻を叩いたら、まあ特に今はやることもないしね。と半信半疑といった様子でスクールに通い始めたが。次第に手応えを感じてきたらしく、その影響でか日頃の表情や言動も心なしか活き活きとしてきたように思える。
「思ってたより講師の先生の言ってることわかる。どうせすごい難しくてわたしの頭じゃ全然歯が立たないだろうなぁ、勉強とか試験なんて高校卒業以来だしもう脳なんて絶対錆びついてるよって考えてたのに。むしろ高校の頃の数学とか化学の授業よか全然わかりやすいよ」
「そりゃそうだよ。実際にみんなが普通に仕事で使うツールのスキルなんだもん。医師免許とか一級建築士とか、頭脳上澄みの人しか手が届かない資格とは違うよ」
かく言う自分も実はパソコンはそんなに得意じゃなくて、できることはなるべくスマホかタブレットで済ませたいと思ってるぽんこつ大学生ではある。上から偉そうなこと言ってる場合じゃない、来年の就活に向けてわたしもこっそり勉強始めとこうかな。と淡々と返す胸の内では密かに考えてた。
「すごいな、木村。この問題集ちゃんと全部理解できんの?やっぱ社会人経験者は違うな。俺マジでやばい。パソコン持ってさえいないし…」
わたしよりぽんこつがちゃんと存在してた。
空手部とバイトが休みの日にこの部屋に顔を出すのがすっかり日常の習慣になってる越智が、手土産の食材を詰めたレジ袋を提げて訪れてきたかと思うと早速パソコンを睨んでるだりあの隣に座り込む。
人にぽん、と当たり前のように袋を手渡してさっさと寛ぐんじゃねーよ。とむかつきつつも、他人の家の冷蔵庫を勝手に開けてそこにものを詰め込むのが正しい作法だ。と奴に説くべきなのかどうか曖昧な気分で、わたしは仕方なく鶏肉の塊や人参や青菜やコーヒーのボトルなどを整理しつつ黙って中にしまった。
最近だいぶ気持ちのゆとりが生じたのか、余裕が出てきただりあはそんな越智の謙遜(?)に対してにっこり笑ってフォローした。
「越智くんはいいんだよ。空手の練習で毎日大変なんだもん。全国レベルの実力者なんだし、あっちもこっちも全部手をつけるなんて無理でしょ。今は部活が最優先でいいと思うよ。就職してからもしWordやExcel必要になったら、そのときになってから覚えるんで全然大丈夫。みんな普通にやってるものだから、越智くんくらい頭よければ普通に余裕で使えるようになると思う」
「いやぁ、俺なんか。全然木村には敵わないよ。それにいくら空手忙しいからって、パソコン勉強する暇もないのは言い訳にならないよな。仮にも大学生なんだし…」
会話の内容ほど深刻に自分の駄目さ加減を痛感してる様子もなく、照れ照れと嬉しそうに自虐して見せる越智。わたしはそのやり取りを白眼で見守りながら、百円ショップで揃えた越智専用グラスに注いだコーヒーをはい、と渡してやり突っ込んだ。
「部活ばっかりやってるのはわかる。けど、講義だって全然取ってないわけじゃないでしょ。あんたの大学のシステムどうなってんのか知らんけど、一応学生なんだしさ。レポートとか課題とかどうしてんの?まさか今どき手書き?」
奴はファンシーなくまちゃんの絵柄のついたグラスを気にもとめずに平然と受け取ってひと口飲んでから答えた。
「スマホの文書作成アプリ使ってるよ。いちいちパソコン立ち上げるの面倒くさいんだよ、寮の部屋の机狭くて落ち着かないし。ベッドに寝転んでレポート書けるじゃんスマホなら」
「マジか。どんだけやっつけでレポート仕上げてるんだ…。参考文献とか使わないの?」
気持ちは内心わからなくもないが。寝転んでやると内容もだらけそうで、そういうことしたい誘惑を跳ね除けて自分に鞭打ってパソコンに向かってるのに、わたしは。そこを軽々と飛び越えてくる体育会系にはほんと、敵わない。
「そんな大層な課題はそうしょっちゅうは出ないしな。でも、卒論はさすがにそうはいかないか。そろそろパソコン買って準備しておいた方がいいのかなあ。どのメーカーのがいいだろ。木村、今度相談に乗ってよ」
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