第13章 リハビリテーションな日常

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隙あらばまた、そんなことを。と傍で呆れるわたしをよそに、もしかしたら自分は狙われてるかも。なんて危惧はかけらも頭にない様子でだりあは嬉しそうに請け合った。 「うん、わたしなんかでよかったら。てか、わたしも正直そんな詳しいわけじゃないから。今度スクールの講師の先生に相談して訊いてみるよ。それに実はそろそろ自前のパソコン買わなきゃと思ってはいたんだ。ずっとうゆちゃんのやつ借りちゃってるし」 「それは別にいいよ、普段あんたほど使わないし。就職決まってお給料入るようになってからにしなよ、無理しないで」 横から口を挟んだが、こっちのフォローなんか耳にも入ってない様子で越智はちょっと声を落として心配げにだりあに尋ねてる。 「そうなんだ。…ところで、その講師の先生って男?それとも女の人?」 「女の先生だよ。オフィスって事務系の資格だからか、講師の人も生徒も女性ばっか。女子校だぁ、って思いながら授業受けてるよ、いつも」 「へえ。なんか楽しそうかも」 現金に即、明るい声を弾ませる越智。全くもってわかりやす過ぎる。 一応注意した方がいいのか、と思いかけたけどまあいいか。と面倒になってそれ以上考えるのをやめた。 越智はどのみち、まだ傷の癒えきってないだりあに後先考えず急いで迫ったり無理に自分の気持ちを押しつけたりするようなやつじゃないし。いつかは思いを打ち明けるかもしれないが、そのためにちゃんと頃合いをはかる程度の理性はあるはずだ。 一方でだりあの方はと言えば、びっくりするほど自分に向けられる好意とか欲望に対するセンサーがない。 このくらいの容姿だと男から向けられる矢印を全て感知するのは確かにすごいノイズだろうから。自然とそれをシャットアウトして意識の外に追いやる方向に進化した可能性もある。 そう考えるとこれもだりあなりに、本能的に防御を図った結果なのかもしれないし。あまり天然扱いして呆れるのも気の毒な気もする。 が、それにしても。結局それが本人の無防備さに繋がって、ただ単に危険に身を晒す結果になってるのかと思うと。防御反応って実は、必ずしも本人を守ることに結びついてない場合もあるのかも。だりあのせいじゃないとはいえ、なかなか難しいものだ。 だけど、越智との関係についてだけ限定して言えば。案外この鈍感さが結果として上手く作用してるように思う。 中学の頃から越智がだりあへ向け続けてる感情を『下心』って表現しちゃうのはさすがに気が引けるが。そういうのに敏感な子だったら、散々男たちのせいで傷ついたあとにまた別の子からも女性として求められてるのを感じたら、それだけでやっぱりきついなぁ、って忌避感を持つかも。 阪口や堂島たちと越智を一緒くたにするのは可哀想過ぎるが、欲求を向けられる側からすればどっちも大して変わらないって言われりゃそれまで。男は怖い、もういいって殻を作ってその中にがっつり引き篭もりかねない。 だけど男性からの矢印に超鈍感な体質のせいで、この子には越智がわたしと同じただの親切な友人として見えてるんだと思う。いやそういう側面も確かにあるし、それが完全に間違いってわけじゃないけど。 今は男としての越智より、優しい友達としての越智がだりあにはありがたいだろうし。心身の回復途中な今、見たい部分だけを見ていられるのは悪いことじゃない。 「まだ決めてはいないんだけど。この辺の機種とかどうかなぁと思ってて…。でも、スペック高すぎかなぁ。どうせ仕事ではきっと会社で支給されたパソコン使うもんね?」 「いいんじゃない?妥協するとあとでこれ足りないあれも足りない、って後悔するかもよ。そう何度もする買い物じゃないんだし、思いきった方がいいかも。俺の方こそ最低限の機能あれば充分かな。買ったはいいけど卒論終わったら全然使わなくなりそう」 「スマホが楽過ぎるのがいけないんだよ。でも仕事に使うにはやっぱ全然足りないんだよね。プライベートな使い方だけならぶっちゃけ、タブレット一台あれば大抵のものは事足りると思うよ」 仲睦まじく、というか気の置けない様子で。和気藹々と頭を寄せ合ってわたしのパソコンを並んで覗きながら言葉を交わし合う二人。 何となくそのままにしてやりたくて、わたしは一人そっと立ち上がってさり気なくキッチンの方へと向かい、白々しく冷蔵庫を開けて中身をチェックし始めた。 あいつ実はあんたにその気があるから、あまり誤解させないようにある程度距離置いた方がいい。とか、普通なら一応注意しただろうな。相手が越智以外なら。 今のところだりあが越智に対して特別な意識を抱いてそう、って兆候はない。だから越智をその気にさせ過ぎない、期待させないっていうのは間違ってはいないと思う。いける、って充分盛り上がってから肩透かしを食らうと可哀想なのは越智の方だし。 だけど。できたらこのまま二人の間の距離が時間をかけて縮まっていって、いつしか自然といい関係に進展するのが一番いいんだよなぁ。とわたしが内心で考えてしまってる事実は否定しきれない。
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