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わたしは肩をすくめ、その合いの手を無視して話の先を続ける。
「わたしのこっちでの住所は上京以来変わってないし。調べる気があるなら早い段階でいくらでも追いかけて来られた。だけど誰も追って来なくて、結局そのうちだりあの後釜が決まったってことはあんたに関しては先方はこれで終わりって考えてるんじゃないかな。念のため、警戒を続けるのはもちろん忘れちゃいけないけど」
「…うん」
ずっと下を向いて落ち込んでばかりじゃいけないと感じたのか、だりあはようやく小さく声に出して頷いた。
前向きになろうとする気持ちの表れだといいけど。と考えながら次の言葉を探した。
「堂島を通じて散々脅かしておいたから、その牽制が効いてわたしを相手にするのが面倒になって手を引いたのかもね。でも、どんな理由でも結果として関心がよそに移ったんならそれに越したことない。だりあには悪いけど、阪口と次の彼女がラブラブで盛り上がってれば盛り上がってるほどこっちはより安泰だから。末永くお幸せに、って祝福してやりたいくらいだよ。正直」
「…ラブラブって。うゆちゃんの口からそんな単語が出るとは。…なんか、予想外過ぎる」
突然何かのツボに入ったのか、俯いてただりあの肩が怪しく揺れ出した。
「そこ突っ込むのか。だって、他にどう言ったらいいのかわかんないじゃん。熱愛状態とでも言うの?のぼせ上がってるとか」
発情期真っ盛りとか。
憮然となって言い返したけど、彼女の背中の痙攣は止まらない。
「そのどれでもラブラブよりはましだよ。てか、うゆちゃんが言いそうにない単語ベスト10には入るでしょ。…個人的にツボった。ラブラブはないよなぁ…」
見ると、向かいに座る越智まで何かを堪えて俯いて黙ってる。
全く何だよ、二人して他人の言葉尻捉えて。
この程度のワードチョイスミスは見逃して流してくれたっていいのに。と内心憤然となりながらも、結果的にだりあの落ち込む心から意識が逸れて何となく気分が明るくなったんならそれはそれでいいか。とちょっと割り切れない思いを残しつつ納得するべく、わたしは目の前のグラスを掴んで注いであったアイスコーヒーを一気に飲み干した。
それからももちろんしばらくの間、わたしも越智もだりあの周囲に対しての警戒を怠りはしなかったが。特に何も異変のない毎日が続くうちに多分このまま何とか平和に事態は落ち着いてくるんじゃないかな。と微かな希望を見出すようになっていった。
あまり急いで無理する必要ないよ。とわたしが横から口を出したせいもあって、だりあがスクールで選択したのは二ヶ月かけて週二回通う講義だったから、スケジュール的にも精神的にも結構な余裕があった。
初めの頃はまあリハビリみたいなもんだし。と考えてたし実際にだりあの身も心もゆっくり休めるだけの時間が必要だったから。ゆとりある日程で、わたしが留守の間自分のペースで家事をしたりその合間にパソコンの勉強をしたりって生活のリズムがちょうどよかったと思う。
だけどそれまで日常的に受け続けてた虐待やストレスから遠ざかって、身の周りにいざというとき頼れる相手がいる。っていう環境に落ち着いたら、だりあの精神状態はみるみるうちに好転して。こっちが思ったより早く回復して、明るさや元気も出てきた。
そうなると、やけに活き活きとなってきたどころか若干気力と体力を持て余してる気配すらある。暇でしょうがなかったのか、家で資格の勉強してる合間にわたしの部屋にある本まで片っ端から読み始めた。
「ネットしてるばっかだと退屈なんだもん。小説とかノンフィクションとか、これまであんまり手をつけて来なかったけど。結構面白いね。読むのゆっくり過ぎてちょっとずつしか進まないけど」
バイトから帰るとその日の夕飯をいそいそと用意してくれる傍ら、読みかけの本の表紙を見せてちょこちょこと感想を述べたりしてくる。まあ、他人に見せられないような本は特に置いてないから。別に全然いいんだけど。
それまで習慣のなかった読書に目覚めたりしてること自体は悪い影響ではないと思うからいい。けど、見てるとやっぱりほんとに退屈というか。エネルギー持て余してるんだろうなぁって気がしてくる。
本人も言ってたけど、特にお金に困ってるってわけでもなさそうだから。先のことを考えるとすごい贅沢はやめた方がいいだろうけど、せっかく東京に出てきたんだから空いた時間に適当に遊びに行くくらいいいんじゃないか…、と思いつつ。やっぱりまだ、この子一人で出歩いてもまず大丈夫だろう。っていうほどの確信が持てない。
近所のスーパーに買い物に出たりぶらぶらと散歩するのは普通にしてるし、それで何か問題が起きたこともないから。阪口に新しい彼女ができたとわかった今、もうそこまで神経質になってこの子を部屋に押し込めておく必要もないだろうとは思うんだけどね。資格が無事に取れて就職すれば、普通にわたしの許から独立して別のところに住むことになるんだろうし…。
「だりあ。…あんまり退屈なら。わたしの不在なときとか、行き先と帰る時間言ってくれれば。別に都内で自由に行動してもいいんだよ?」
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