第13章 リハビリテーションな日常

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「全然いいよ。てか、あんたは別に東京で興味のある場所とかないんだと思ってた。前にどっかいろいろ行ってみたらって訊いたら、普段通りでいいって言ってたじゃん」 彼女は急に生真面目な表情になってぶんぶんと首を横に振った。 「あれは一人で出歩いてもつまんないからって意味だし。うゆちゃんと一緒なら話は全然別だよ。…あー、でも。楽しいのはわたしだけかなぁ。ちょっと申し訳ないか、うゆちゃんには。いくら何でもつまらなさそう…」 「何だよ、別にいいよ。あるなら言ってみなよ、駄目元で」 ふと目線を泳がせて口ごもるのが怪しすぎて、かえってこっちも気になる。一体どこを思い浮かべてるんだ。 「別にわたしのことは気にしなくていいんだよ、そもそも。あんたが東京に少しでも慣れる役に立てばってだけの話なんだから。どうせ接待みたいなもんなんだし、遠慮なく希望言っていいよ。無理なら無理ってこっちもはっきり言うし」 「それはそうだね、うゆちゃんだし。お互い変に気を遣い合ってもしょうがないか。…あのね、実は。前から思ってたんだけど、うゆちゃんの通ってる大学見てみたい」 「あ。…大学かぁ」 すっかり意識から抜け落ちてた場所を指定されてわたしは唸った。…なるほどね。 だりあは自分の提案の反応を伺うように、おずおずとこっちを見ている。 「うゆちゃんにとっては普段から通ってる何でもない普通の場所だから。全然新味なくて面白くも何ともないよね。それはわかってるけど…」 「まあ。さすがにね」 思わず苦笑しながらも、だりあがそう言う気持ちはわからないでもない。 彼女は目線を落としたかと思うと、ちょっと低めの声でぼそぼそと独白し始めた。 「これまで自分には縁のない世界だと思ってたから、憧れとか持ったこともなかったし。わざわざ東京まで見に行く機会もないだろうなって片付けてたけど。せっかくだからうゆちゃんが通ってるとこどんな感じなのか一回見学してみたい。一人じゃさすがに。中に入ってみる勇気出ないから…」 「別に、門さえ開いてればいつでも自由に入れるよ。学生証見せろとか言われることもないし」 こじんまりした女子大とかだと、もしかしたらその辺厳しいのかもだけど。うちみたいな学生数のめちゃめちゃ多い学校はその辺実に大雑把だ。 「社会人の人向けの講座もあるし、敷地内にコンビニやファストフードの店舗もあるから。そもそも構内に用事のある人とない人との線引きが曖昧だよね。ましてあんたは年齢的に学生としか見えないし、門で警備の人に声かけられるとか絶対ないよ。堂々としてれば平気だって」 「うーん。でも、態度が卑屈だから。絶対きょどっておろおろしちゃう。中がどうなってるかもわからないから。迷ってうろうろパニックになってたら目立って通報されそうだもん。一人は無理、どう考えても」 卑屈な態度…。まあ、言いたいことはわかる。きょどってぱたぱたしてるだりあは想像容易だ。 「そんなの気にしないで平気な顔してすたすた入っちゃえばいいのに、敷地横切って別の門からすり抜けて出て行く人もいるくらいだし。でも一緒に行くのは別に全然いいよ。期待するほど面白いこと何もないと思うけどね。秋になっちゃうけど学祭ん時ならいろいろイベントも見どころもあるよ?まあ、うんざりするほどうるさくて人多いけど。そういうときは」 わたしの声に滲んでる本気のうんざりを察したのか、彼女は思わずといった様子で弾けるように笑った。 「うゆちゃんそういうの苦手そう。中学の文化祭も体育祭もただひたすら面倒くさそうにしてたもんね、思えば。でも大丈夫、普段の何でもない大学の雰囲気を味わいたいから。面白味もなんもなくて平気だよ」 「まあ。夏休み近くてもう学校来てない人も多いから、ちょっと平常より閑散としてるかも」 そう答えつつ、確かに大学がどんなところか一度くらい見ておくのもいいか。 ふらっと行けて混んでもなくて、お金も全然かからない。そう考えると暇潰しとしては案外悪くないかもしれないな、とだんだん思えてきた。 少なくとも自分は新鮮味のない場所だから不満とかはないし。むしろ勝手知ったるところ過ぎて気楽で助かる、と感じたくらいだ。 結局、じゃあそれで行くか。って結論になってわたしは変わり映えのしないいつもの学校へとだりあを連れて行くことになった(しかもその日は講義もないのに関わらず)。無論だりあはめちゃくちゃ喜んではしゃいだ。 「わー、すごい。**大見られるんだ。正直うゆちゃんが入ったって知ったときからちょっと見学してみたい、と思ってたんだよね。思いがけなくこんなチャンスが来てラッキー」 そんな大したものでは。 「結構ぼろいしほんと、普通だよ。てかそれだったら。まじで去年とか学祭のときに上京してくればよかったのに。あれはあれで楽しいらしいよ、賑やかなのが好きな人なら」 平日の昼間のがら空きの電車に乗って二人してキャンパスに向かう。あまりにも車輌が空き過ぎてて、立ってると目立つレベルだ。いつもは頑なに座らないけどそういう無意味なこだわりにあえてだりあを付き合わせるのも悪いから、まあいいか。と並んで座席に腰かけた。
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