3人が本棚に入れています
本棚に追加
「うゆちゃん、大学の学祭もうるさくて面倒くさいもの扱いなの。せっかくだから楽しめばいいのに。わたしなら絶対張り切って、いろいろ見て回ってばんばん参加しちゃう。…ていうか、そういえばサークルとかって。全然入ってないの?もしかして」
呆れて大きな声出すな。がらがらの車輌に乗ってる他の客がちらちらこっち見るだろうが。
「見ての通り、入ってないよ。あんたがこっち来てからのわたしの生活ぶり見てればわかるでしょうが。普通に大学の講義とバイトと道場通いで充分忙しいのに。わざわざ他人と交流する機会増やさなきゃならないほど関心のあることなんてない。サークル所属しないといけない義務とかもないし」
「そりゃそうだけど。…勿体ないなぁ、せっかく入った大学でサークル活動もせずに卒業するなんて。まあそりゃ義務じゃないって言われたらさ。それまでだけどね?」
だりあはそういうの好きそうだよな、確かに。体育祭とか文化祭とか合唱コンクールだとか、行事のたびにきゃあきゃあはしゃいで喜んでた。普通に学生だったら今頃サークルの姫だ。それはそれでトラブルの予感しかないが。
この子にとっては大学も環境ガチャだよな。
…いや学校に限らないか、とわたしはそこで思い直した。今後入る会社も含めて、彼女の場合どこに行っても周りの人間の当たり外れの影響がでかい。
性格的には案外尖ったところや突拍子もない部分がなくて特段問題がないから、上手くいけば穏やかで落ち着いた職場で平和に過ごせるのかも。地元で働いてた会社は居心地がよかったみたいだし。
だけど、阪口みたいな奴に運悪く鉢合わせて目をつけられるとそこから問題山積みなんだよなぁ…。まあ、そういう輩に当たったら。大怪我する前に思い切りよく離脱するのが得策だろう。仕事決まる前からくよくよ思い悩んでも仕方ない。それはそのとき考えればいい。
大学への通学の利便を考えてアパートを選んでるから経路はごく近い。電車一本数駅乗ったところで早々に最寄り駅に到着した。
「わあ。なんか、通学路も雰囲気あるねぇ。やっぱ古本屋さん多い?あ、でも。普通にチェーン店もあるな」
「新しいものと古いものがごっちゃに混ざってる感じだね。きっとこの十数年で結構店とか建物の入れ替わりがあったんじゃないかな」
普段の癖でさくさく歩き過ぎてだりあが半身遅れ気味になってるのに気づいて、足取りを緩めた。身長が違うし普段運動をしてないからわたしと同じ速度で歩くのは無理だよな。と頭ではわかってはいるけど、あんまり久しぶり過ぎて感覚を忘れそうになる。
自分で案内しといて何だけど。愛想もくそもない無骨なコンクリ作りの古い建物と全面的に改修できないので中途半端なデザインに落ち着いてる補修済みの煉瓦作りの建造物が無秩序に建ち並ぶこんな辛気くさいキャンパスのどこがそんなに面白いのか、と思うが。それでも連れてきた甲斐があった、と一瞬思ってしまうほどだりあはあちこち見回って目一杯喜んだ。
「わ。あれ、有名な建物じゃない?なんか写真で見たことあるよ。中は入れないの?あそこで講義はやらないんだ」
「やらない。講堂はもうほとんど記念棟みたいなもんだよ。実際に使うこともあるみたいだけど、普段の講義には使ってないはず。あとは普通でしょ?情緒も趣きもなんもない、ただひたすら古いのを直し直しごまかして使ってるだけだし」
「えー。でも、いいよね。ぴかぴかの近代的なオフィスみたいなビルよりも、こういう方が歴史ある大学っぽいじゃん。…えー、めっちゃ広いねぇ。うゆちゃんの学部はこの辺りなんでしょ。だけど向こうにもまだずっと、校舎があるよ?」
全部回ったら時間かかりそう。と肩で息をするだりあを手で制して引き留めた。
「全部隅から隅まで回る必要ないって。他の学部の建物も大体まあこんなもんだよ。道渡って向こう側にもまだ別のキャンパスあるけど。こっち側だけでも充分敷地広いから。せっかくだしここのカフェテリアでお昼食べる?」
「え、すごい。学食じゃないの?」
カフェテリアが入ってる学生会館は敷地の外のすぐそばに隣接してる。わたしはそっちに彼女を誘導しながら説明した。
「学食もあるよ。でも、あんたには量的にもメニュー的にも多分カフェテリアの方が向いてそう。ボリュームはそんな要らないでしょ。男子学生向けなんだよね、質量ともにあっちは」
具が少ないルーばっかりのご飯山盛りカレーとか。丼飯にどか盛り揚げ物のランチ定食とか、栄養バランスよりまずカロリー、とにかくコスパよくお腹にいっぱい詰め込みたい人向けだからなぁ。味もその、優先順位そんなに高くない方だし。
「…美味しかったぁ。ランチプレート、ほんとにちゃんとカフェ飯だったね。彩りも綺麗でお洒落で。デザートも結構充実してたし。あれでほんとに**大の学食?」
さり気にディスってなくもないが、まあ天然のなせる業だろう。言いたいことはわかるしそこでむきになるほど愛校精神もないから、わたしは学生会館から外を目指して歩きながらその問いを軽くあしらった。
最初のコメントを投稿しよう!