純粋な動機と恋心 2

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「冬休み、絶対にバイト入れんなよ」  冗談半分みたいな顔で本気だからと言われれば、短期バイトでもしようと考えていたことは口には出せなかった。  大学の講義が終わり、見計らったようなタイミングでスマホが数回震えた。藤沢(ふじさわ)さんからメッセージが届き、大学院のカフェテリアにいるから来てほしいという内容だった。今から行くと返信したあと、友達と別れて大学院の建物の方へ向かう。図書館を横目に、数ヶ月前の自分からは想像もできないくらい、その足取りは自然すぎるほど自然なものだった。  今日みたいな風の冷たい日に、さすがにテラス席にはいないだろうと決めつけ、室内の一番奥から目だけで藤沢さんの姿を探していく。  同じカフェテリアでも、大学と大学院では雰囲気が全く違う。私の通う大学の方は、白を基調に壁一面がガラス張りでとにかく明るい。外にはたくさんの緑と学生たちの行き交う姿が見える。それとは対象的に、今いる大学院の方には窓がなく、壁一面が立体的なウッドタイルで落ち着いた雰囲気がある。例えるなら、静と動、と言った感じだろうか。もちろん、極端な例えではあるけれど、私にはそれくらい違うように見える。 「かれん」  探していた方とは全く別の方から名前を呼ばれてそちらを向くと、夏でも冬でも代わり映えのしない格好で立っている藤沢さんがいた。両手を白衣のポケットに入れたまま私の方へ来ると、ふっと頬を緩めた。 「温かいの飲む?」  ゆったりとした口調に、一気に肩の力が抜けるような、そんな安心感がある。 「ミルクティー?」 「はい」  答えながら、最近はミルクティーばかりを飲んでいると、何気なく話したことを覚えてくれていたことに嬉しくなった。  近くの空いていた席で座って待っていると、藤沢さんが両手に茶色の紙カップを持って戻ってきた。ことん、と私の前にそれをひとつ置いてから、向かいではなく私の隣の椅子を引いた。 「隣、いい?」  もうほとんど座ってしまってからでは、「どうぞ」としか答えようがない。 「──なんか、こうやって話すの久しぶりだな」  背もたれにゆったりと体を預け、足を組んだ。 「そうですね。二週間ぶり? とかですかね。学会の発表は終わったんですか?」 「ん、うん──」  熱そうにすすったコーヒーをテーブルに置いた。 「うまくいきましたか?」 「うん、なんとかうまくいったかな」 「それは良かったです」  紙カップを両手で抱え、そろそろ一口飲んだ。 「今日はどうしたんですか?」  続けて聞いた。 「いや、別にどうもしないけど。かれんに会いたくなったから」 「え……」 「冬休み、バイト入れてないよね?」 「それは、はい。入れてないです」  この人は気付いていないのだろうか。今、さらりとすごいことを口にしたことを。そのせいで私の心臓は大きく暴れ出している。 「──あのさ、冬休み、かれんとたくさん一緒にいたいんだけど」  回りくどい言い方をしないのが藤沢さんらしいと思った反面、私の返事待ちなのだと分かると、途端に落ち着かなくなる。むしろそうしようと言い切ってくれた方が楽でいい。 「……私でよければ、いいですよ」  答えると、後ろに預けていた体を起こして私の顔を覗き込んできた。 「かれん、俺に流されてない? 大丈夫?」  少し下に見る藤沢さんの顔は、どこか不安そうに見えた。 「全然そんなことないですから。私も……」 「え?」 「──だからその、そう言ってもらえて、嬉しいです」 「良かった」  そう答えた藤沢さんの横顔に、思わず見とれてしまった。  私の一目惚れは、時間と共に違うへと変わっていった。一目惚れが変わるというのもおかしな話だけれど、その言い方が一番しっくりとくる気がする。  夏の始めに一目惚れをした本田(ほんだ)さんには、結局気持ちを伝えることもなく、それが本当に恋だったのかなんなのかも分からないまま徐々に熱が冷めていった。その時に、たまたまそばにいてくれたのが藤沢さんで、今は、藤沢さんに恋をしている。そのことは、彼にはまだ伝えられていない。  正直、あの日藤沢さんから告白されなければ、彼を恋愛対象として意識することはなかったと思う。良き相談相手、と自分の中で勝手に位置付けていただけに、私のことが好きだと言われた瞬間頭が真っ白になった。  とにかく、気持ちを伝えられたからには、返事をしなければと思ってはいるのだけけれど、時間が過ぎれば過ぎるほど、なかなか切り出せないままもうすぐ冬休みになろうとしている。それに、藤沢さんもあの日以来、私に気を遣ってか、そのことについては一切話をしないものだから余計に切り出しにくい。 「かれん? 聞いてる?」 「──は、はい。聞いてます」  はっとなり、すっと背筋を伸ばした。 「絶対聞いてなかっただろ」  くすくすと笑いながら足を組み替えた。 「疲れてる?」 「いえ、その……」  藤沢さんの横顔を見つめながら考え事をしていました。と、心の中で答えてから、嘘にならないように適当な言葉を探す。
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