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「冬休みの予定を聞いてもいいですか?」
ひょいっと眉を上げるだけで、あながち話が繋がっていないわけでもなさそうだ。
「一緒に過ごす女性は決まってるんだけど、何をするかはこれから一緒に予定立てでいけたらなって」
言い方がずるいと思った。ついでに言うならば、声も、視線も、全部だ。
「かれんは何か決まってる予定とかあるの? 友達と出かけるとかさ」
「いえ、今のところはまだ決めてないです。その、藤沢さんとの予定を決めてからにしようかなって、思いまして……」
みるみる笑顔になる彼に、嬉しいやら恥ずかしいやらで、真っ直ぐに顔を見られないでいた。
「それじゃあ俺から、やりたいこと言ってもいい?」
「はい、どうぞ」
持っていた紙カップをテーブルに置くと、体ごと私の方に向いた。
「かれんとデートしたい」
「デ、デート、ですか……」
「それから、かれんの部屋にも行ってみたい」
「わ、私の……」
「あと、クリスマスは二人で過ごしたい。できれば、一緒にケーキなんて食べられたら最高かな、なんて」
にっこりと微笑む藤沢さんから、今度は目をそらせなかった。
「どうかな?」
「……いいと、思います」
想像しただけで心拍数が早くなる。
「かれんはどこか行きたい場所とかないの?」
「えっと、今すぐには思い浮かばないんですけど。その、藤沢さんに任せます。ではだめですか?」
「ううん、いいよ」
「ありがとうございます。その、こういうことにあまり慣れてなくて。でも、ケーキは一緒に食べたいです」
遠慮がちに言うと、藤沢さんが口元を手で覆った。
「今の、めちゃくちゃやばいかも……」
「え? 私何か変なこと言いましたか?」
「言った……」
瞬時に頭を巡らせるけれど、全くもって見当がつかない。
「いや、いいんだ。なんでもない」
「えっ、でも……」
私の言葉を制すようにこちらに手をかざすと、小さく咳払いをした。
「まずは、ご飯でも食べに行かない?」
「え、はい。行きます!」
テーブルの上のカップの中身が揺れるほど前のめりになって答えていた。
くすくすと笑われたところで、今さらだ。
「そう言ってもらえてマジで嬉しい」
「そんな、こちらこそです」
「かれん何食べたい?」
「そうですね。基本的に好き嫌いはないので何でも食べれます。最近だと、ハンバーグにはまってます。チーズが入ってるのとか、デミグラスソースがかかってるのとか、煮込みハンバーグもいいですよね、って、なんだか子供っぽくてすみません。実は、昨日も食べたんですけど、ハンバーグと白いごはんって、最高に美味しくないですか?」
熱くなっている自分にはっとなったのと同時に、藤沢さんが大きな口を開けて笑い出した。冗談半分で言った子供っぽいは、もはや言葉通りの意味に聞こえたに違いない。
「それじゃあ、美味しいハンバーグ食べに行こっか」
笑いを含んだ声ではあるけれど、ばかにしているようには聞こえないのがずるいと思った。
「……藤沢さんがいいなら、私はどこでもいいですよ」
つい拗ねた口調になってしまい、小さく後悔したけれど今さらだった。そんな私を見て、わざわざからかったりはしてこないけれど、それはそれで、それこそ子供扱いをされているみたいでなんだかモヤモヤした。
藤沢さんは今日言ったことは全部やりたいと言った。冗談半分で言っているのかと思いきや、にこにこしながら本気だからと言われ、さらにはまだ他にもやりたいことがあるのだと言い出した。それはまた追々聞くとして、とりあえずは最初のデートの約束をした。
冬休み初日の金曜日、午前中に待ち合わせをして水族館へ行き、ランチでハンバーグを食べた。夕方過ぎに水族館を出ると、そのあとは街をぶらぶらしてからカフェでまったりしながらいつと変わらない時間を過ごした。翌日、お昼過ぎに藤沢さんが私の部屋にやってきた。正直この時は死ぬほど緊張したけれど、それも一瞬で、前日会ったにも関わらず、話が全く尽きなかった。自分のうちに藤沢さんがいることが違和感でしかなく、なんだか変な気分と言うか、こそばゆいと言うか、新鮮と言うか。とにかく不思議な気分だった。
次の約束は、四日後のクリスマスだ。私としては何かプレゼントをしたいと思っているところだけれど、私も藤沢さんも、そのことについては何も言わなかった。口にしないその気持ちは分からなくもないと言うか、私の考えが当たっているなら、私たちの中途半端な関係性にあるのかもしれない。友達以上恋人未満と言う分類に当てはまるのなら、きっとそれだ。今の関係が嫌なわけではないけれど、モヤモヤしないわけでもなかった。彼が言ってくれた好きに、早く応えたいのに、勇気が出ないまま今日までを過ごしてきた。だから今回、クリスマスという一大イベントに、なんとか背中を押してもらい、勢いでもなんでもいいから藤沢さんの好きに応えると決めた。
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