純粋な動機と恋心 2

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「その、好意的に思ってくれていると言ってくれたのを覚えていますか?」  藤沢さんは、ゆるゆると表情を緩めると、こくりと頷いた。 「あの日から、藤沢さんのことが気になってどうしようもなくて、もっと話したいとか、もっと知りたいとかって思うようになりました。でも私、ずっと本田さんのことが好きだったわけで、そのことを藤沢さんに相談にのってもらってて、それなのに今度は藤沢さんのことが好きとか、それってなんだか嘘っぽいと言うか、都合がいいと言うか。でも、今は本当に、藤沢さんのことが好きです……」  言葉が止まらなかった。だけど、言いたいことがちゃんと言えているのか、不安で泣きそうだった。 「──かれん」  名前を呼ばれ、大きく一呼吸ついた。 「なんか、悩ませちゃってごめん。かれんが本田のこと好きなの分かってたから、あの時、もちろん本気ではあったんだけど、照れくさかったのと、フラれる覚悟だったから、やけくそって言うか、あんなふざけた言い方になったけど、かれんの反応が想像してたよりも悪くなかったことに驚いて、だからってわけでもないけどさ、もう少しまじめに言えば良かったって、ちょっと後悔してた……」  困った顔に、薄い笑みを貼り付けている。 「それに、かっこつけて『待つ』なんて言った手前、しつこく言うのも違うかなって。一応はさ、あれからも俺なりにかれんにアプローチはしてたんだけど、分かりにくかったかな」  相変わらずの困った顔なのに、どこか色気のようなものを感じるのは、私の気のせいだろうか。だからなのかなんなのか、そこにあった涙は引っ込んでしまった。  すっと伸びてきた藤沢さんの手が、私の頭の上で優しく動いた。たぶんこれは、言葉通り俺なりのアプローチなのだと思った。  思い返せば、これまでにもそれっぽいようなことがあったような気がする。だけど、その行為だけでそれが何を意味するか断定できるほど、私の方の恋愛能力が追い付いていなかったのだ。  頬に下りてきた彼の手に、自分の手を重ねた。たったそれだけのことですら、大胆なことをしている感覚でいっぱいで、ほんの少し、微笑むだけで精一杯だった。 「──かれん、もう一回聞いてもいいかな?」  頷いて返事をする。 「本当に、かれんも俺のこと好きになってくれたの?」 「……はい」 「──あいつのことは、もういいの?」 「え、はい。本田さんのこと好きでしたけど、今はもう、なんとも思ってないです」 「それじゃあ俺、かれんの好みの男になれたってわけ?」  そういえば、前にそんなようなことを言われたことを思い出し、途端に頬が熱くなる。 「かれん顔真っ赤だよ」  余裕たっぷりに見える藤沢さんとは正反対に、とにかく全部が恥ずかしくてたまらない。  顎を引き、両手で頬を隠すように触ると、そこだけ自分ではないみたいに熱を持っている。 「かれんのことが可愛いくて仕方ないんだけど」  いつもの藤沢さんからは想像できないほど、下がった目尻に動揺した。 「もう、遠慮しなくてもいいかな?」  おもむろに伸ばされた両手が、私の腕をつかんだ。 「──俺にキスされるの、まだ嫌?」  今日何度目かの困った顔で真っ直ぐに見つめられ、今度は酸素が薄くなる。  呼吸を整え、彼に向き直る。 「嫌だなんてこと……」 「今すぐしてもいい?」  返事の代わりに変な声が漏れた。 「もう、我慢できないかも……」  藤沢さんが顔を近付けるから、反射的に目をつむりそうになるけれど、はっとなって体を強ばらせた。 「やっぱりまだ、無理だった?」 「いえ、そうじゃなくて」 「かれんが嫌なことはしたくないから。教えてくれると、ありがたいかな」 「──私、藤沢さんの彼女になれたんですか?」  見る見るうちに目の前の顔が笑顔でくしゃっとなっていく。ふっと笑い、何度も小刻みに頷くから、そこでようやく肩の力が抜けていった。 「ごめん。俺焦ってたね」 「いえ、そんなことないです。こういうことに私が慣れてないだけで、だから、謝らないでください」 「いや、かれんが慣れてないこと知ってたのに、早くかれんとキスしたくて……」  頬をなでる指に、体が浮きそうな感覚になる。 「ちゃんと言う」  彼が続けた。 「もし良かったら、俺と付き合ってください」 「……はい」  ぎゅっと抱きしめられ、そろそろと彼の背中に腕を回す。いつも隣にはいたけれど、こうやって触れるのは初めてだった。私よりずっと大きな背中に、改めて藤沢さんが男の人なのだと思うとどうにも落ち着かない。 「かれん」  呼ぶなりゆっくりと体を離した。 「──キスしてもいい?」  悪いはずがないのだから、わざわざそんなことを聞かないでほしかった。聞かれれば、答えなくてはいけなくなる。  今、自分が一体どんな顔をしているのか気になって仕方ない。今すぐにでも両手で顔を覆って見られないようにしてしまいたいけれど、それはそれで恥ずかしいと言っているようなものだろう。  答えられないまま、彼の顔がゆっくりと近付いてきた。
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