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莉子と出会ってからの私は、絶好調だった。なんと人気アニメ「シルバー・ワールド」のヒロイン役を、私が演じることになったのだ。
幽霊の莉子には、他人の体に乗り移ってお芝居ができるという、特殊な力があった。もちろん莉子が私の代わりにお芝居をしても、聞こえる声は私自身のものだ。莉子の力を借りて臨んだオーディションは、審査員の満場一致で私に決まった。
オーディション合格の報せから、2週間後。ついにアニメの第1話の収録日を迎えた。
私が重い扉を押してスタジオに入ると、出入り口付近の椅子に座っていた若い男性と目が合った。白いパーカーに、青色のジーンズ。短い銀色の髪をワックスで立たせている。私は彼に気づくと、ぱっと駆け寄った。
「秋也くん、久しぶり! まさか本当に共演できる日が来るなんて。夢みたいだよ」
私に気づいた秋也は、それまでの落ち着いた表情から一転、満面の笑みを浮かべた。
「しほ、会いたかったよ! あの時の夢が叶って、俺も嬉しい」
私と秋也は、その場でかたい握手を交わした。
私と中村秋也は養成所時代をともに過ごした、いわば役者仲間だ。秋也は私より3つ年上だが、入学年が同じだから同期にあたる。目指す芝居に似たものを感じた私たちは意気投合し、「いつかプロになって共演したいね」と語り合っていた。
その後秋也はデビュー直後から数多くの作品に出演する一方で、私は大きく出遅れていた。だから私は、あの時の夢はもう叶わないと諦めていたのだった。それがまさか秋也が主人公、私がヒロインという最高の形で共演できるなんてと、私は感極まってしまった。
そんな私の気持ちも知らず、莉子は「イケメン発見!」と叫ぶと、秋也の顔の近くをくるくると回り始めた。莉子が秋也の顔をちょんちょんとつついても、秋也は全く気づかない。二人の様子がおかしくて私がぷっと噴き出すと、秋也は首を傾げた。
「どうしたのしほ? もしかして、顔に変なものでもついてる?」
秋也は自分の顔をぺたぺたと触った。秋也に嘘をつくのは胸が痛んだが、「ううん、なんでもない」と私は言葉を濁した。しばらくするとスタジオの奥から、中年のアニメ監督が現れた。私はごくりと息を飲んだ。
そして、いよいよアフレコが始まった。
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