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アニメの収録は順調に進んで、残りは最終話を残すのみとなった。
最終話の収録前日の夜、私は家の机で台本の確認をしていた。実際にお芝居をしてくれるのは莉子だけど、台本チェックは私の仕事だ。ペラペラと台本をめくっていた私に、隣にいた莉子が話しかけてきた。
「ねえ、しほ。明日の収録もさ、本当に私が演じちゃっていいの?」
私は莉子の方を見ると、にこっと笑った。
「当たり前じゃない。私は下手なんだから、莉子が演じてくれた方がみんな喜ぶよ」
莉子は顔をくもらせると、ぽつんと零した。
「しほが前に私に見せてくれたエミリーのお芝居。私、すごく好きなんだけどなあ」
私はなんだそんなことかと笑うと、言葉を続けた。
「ありがとう。でも変に気を遣わなくていいよ。絶対莉子の方が上手いって、私が思うんだもん」
莉子は私の背中に乗っかると、首に腕をまわしてきた。そして莉子は、私の耳元でささやいた。
「私ね。しほに足りないのは、勇気だと思うの。だから、しほにいいお芝居をするための心構えを教えてあげるわ」
「なにそれ?」
私が聞くと、莉子は真剣な口調で言った。
「それはね。自分の至らなさを受け入れて、それでも挑戦し続けることよ」
そして莉子は、私の頭を優しく撫でた。ふっと背中が軽くなったので、私は周囲を見渡した。見ると莉子はベッドに飛び移って、寝転がっていた。
私は莉子の背中を見つめながら、先ほどの言葉の真意を考えた。でもそれがなんなのか、私にはよく分からなかった。
「とにかく、明日もよろしくね。莉子」
私が声をかけても、莉子からの返事はなかった。私はあれと思ったけれど、もう寝ちゃったのかなと考えて、台本チェックを続けた。
☆
次の日の朝。私は目を覚ますと、莉子に挨拶しようと寝室を見渡した。しかし、莉子はどこにもいなかった。
慌てた私が机の上を見ると、莉子のレコーダーが置かれていた。しまっておいたはずなのに、どうしてここにあるのだろうと、と私は首を傾げた。しかしすぐにはっとした私はレコーダーを手に取ると、急いで再生ボタンを押した。
「急用があるので出ていきます。ごめんね、しほ。探さないで」
声の主は、間違いなく莉子だった。急に目の前が真っ暗になった私は、思わず呟いた。
「そんな、今日は最終話だっていうのに……。莉子、どこに行ったの?」
私には、自分一人で今日の収録を乗り切る自信がなかった。けれどヒロイン役の私が休んでしまうと、秋也たちにも迷惑をかける。それだけは絶対だめだと、私は自分自身に言い聞かせた。
私は着替えをすませると、レコーダーをお守り代わりに、シャツの胸ポケットに入れた。そして私は重い足どりで、スタジオへと向かった。
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