1人が本棚に入れています
本棚に追加
私がスタジオに入ると、秋也が心配そうな表情で話しかけてくれた。
「しほ、顔色がよくないみたいだけど、大丈夫?」
私は「大丈夫、ありがとう」とぎこちない笑顔で答えた。そしてついに、最終話の収録が始まった。
☆
「クロトに出会えてよかった。でも、私はもう大丈夫だから。今までありがとう」
私がセリフを言い終えた瞬間、ブースから監督の声が聞こえた。
「うーん。もうひとつエミリーの気持ちが、伝わってこないんだよな」
すみません、と私はその場で頭を下げた。私が苦戦しているのは、物語のラストだった。エミリーがクロトにお別れを言うシーンだ。
その後も私は何度もお芝居をしたけれど、監督からオーケーはもらえなかった。ついに監督がブースから出てきて、収録が止まってしまった。
パニックになった私はスタジオを見渡して、必死に莉子を探した。しかし莉子はどこにもいない。私の心は、不安と孤独でいっぱいになった。私は持っていた台本を、ぎゅっと握りしめた。
そもそも今私がここにいるのは、全部莉子のおかげだ。芝居が下手な私が一人で頑張ってみたって、どうにもならない。やっぱり私には無理だ。
もう諦めて、莉子のことをみんなに正直に話そう。そう思うと急に手の力が抜けて、私は持っていた台本を手から離してしまった。
「大丈夫、しほ? まずは、ゆっくり深呼吸しよう」
床に落ちる直前の台本を拾ってくれたのは、秋也だった。秋也は私に駆け寄ると、私の肩に優しく手を置いた。
秋也の言う通りに深呼吸をすると、私の気持ちも少し落ち着いた。けれど気持ちだけでこの状況は、どうにもできない。私は弱々しい笑みを浮かべて、秋也に告げた。
「秋也、ありがとう。でもやっぱり私には無理だよ。もう諦めるしか……」
すると普段物静かな秋也が、私に大声で言った。
「しほ。諦めちゃだめだよ!」
最初のコメントを投稿しよう!