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わたしはほうせき3
決して清潔だとは言えない私の、小さな小さな爪の長い指先を掴むと、片膝を道について手の甲に口づけをする。
どうせ高価な生地で仕立てられているのであろう、上等そうに見えるスーツを身に纏う初老の男性に見える。
白髪まじりの栗色の整えられた髪のほとんどを、黒い帽子が覆っている。
髪の色がわかったのは、私に向かってこうして首を垂れているからだ。
その日一日の半分で、今まで願い続けて来た生活よりもだいぶ良い方であると思える経験をした。
顔を上げた彼は、私のことをジッと見つめる。
双眸の外側の端にはまだ皺は2,3本と言ったところで、細められたそこには見たことのない感情が宿っていた。
文字を知らない、言葉も多くは知らない私の中で、どれだったら当て嵌められるだろう。
脳ミソの中の引き出しを片っ端からあけてみるけれど、ちっともわからない。
すぐに他人を信用することは難しくて、風呂の入り方はわかるか、とまず問われた時も、知らない、とだけ素っ気なく答えた。
指示された通りバスタブに浸かると、連れて来られた屋敷の侍女風の若い女性が私なんかに微笑みかけてくれる。
まだ丸みを帯びてもいない貧相な体型だったけれど、丁寧に隅々まで綺麗に汚れや垢を洗い落とされ、ごわついた長いだけの髪を優しく泡立てられた。
皮膚を包み、水滴を吸い込むタオルは、今まで私が感じたことのない羽毛のような肌触り。
用意されていたのは、真っ白なブラウスと、血の色と同じジャンパー・ドレスに、ペチコート。
それから、靴下と丸いフォルムをしたドレスと揃いの靴。
ブラウスの方は襟の部分に媚びを含まない程度にフリルのついたもので、ジャンパー・ドレスの方はそれとは正反対と言えるデザインのものだった。
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