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カランビットナイフが牙を向いた。女は枕の下から音もなくするり、華麗に刃物を抜いて侵入者の頸動脈に当てる。シャロンは侵入者の姿を見て驚くことなく、くすり、微笑を浮かべる。太陽の光で逆光になっている侵入者の首筋から微かに血の香りがしてくる。カランビットナイフが的確に侵入者の頸動脈を捉えていた。
「Bonjour. Tu es un lève-tard.」
侵入者はシャロンのカランビットナイフが自身の喉を削ごうとしているのに、どこ吹く風だ。女の額にちゅぅ、と口付けを落とし、低く凛々しい声でそう告げる。
シャロンの首にもまたナイフが添えられていた。カランビットナイフとはまた一味違うダガーナイフを愛用する男は、ふっ、と小さく笑うとその武器を下ろした。男はシャロンの素肌を一目見て、恍惚とした顔つきをひとつし、女の寝るベッドから降りる。男の長く伸ばした黒髪が揺れる。
「俺じゃなかったらてめぇ、死んでる」
「そんなことないわ。貴方が私の首を切る前に、私がしていた」
男の一本に括ったポニーテールがゆらゆらと揺れるのを馬の尻尾のようだとシャロンは思っており、内心で男のことをケルピーと呼んでいた。イギリスのスコットランド民話に登場する馬の姿をした幻獣であり悪魔の事を意味するケルピー。若い美男の姿で女性を誘惑し、水中に引きずり込んで食うとも言われており、美麗な男にはうってつけだとシャロンは思っていた。
ナイフに男の血液がついているのを、太陽の光に晒し確認したシャロンは眉間にシワを寄せる。人差し指で男の血を拭い、その指を舐めとる。
「フランスまで来たの? 坊や」
「……それが俺の仕事だからな」
男の名をジョンという。アメリカのありふれた名だ。シャロンはそれが本名だとは信じていなかった。
すらりと身長の高いジョンは女性のように長く伸ばした髪の毛を降り、シャロンから離れていく。中性的な顔つきだが乱暴な言葉を吐くジョンは、その容姿端麗でミステリアスな顔を存分に利用していた。奥二重だが零れ落ちそうなほどのオリーブ色の目玉が女に向く。薄く可憐なピンク色の唇をひと舐めし、ロココ調に揃えられた赤いソファの上に置かれていた上質なシルクのガウンを手にシャロンに近寄る。
「やっぱり貴方は言葉遣いを変えるべきよ。アンニュイな顔が台無し、相反しているわ。チグハグよ」
「俺の心配より、服を着ろ」
「……隅々まで知っているくせに」
「あぁ、だからだ」
ジョンは紳士的にシャロンの肩に紺色のガウンをかける。シャロンの白い肌を飾る濃い色は、少しの卑猥さを感じさせ、ジョンの欲情を誘う。蠱惑的な女のピンク色の乳首は隠れない。シャロンはわざとジョンに見せつけていた。
「ギルはどうした?」
「……私たちはセット売りじゃないのよ」
「俺たちにとっちゃぁ、セット売りなんだよ。ギルも捕まえれば金額が跳ね上がる」
男、ジョンはバウンティハンターだった。
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