Alpha

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 ギルというサイコパス人間の話が出たことと、剰え、そいつとセット売りだという新事実に深い溜め息を吐いたシャロン。カランビットナイフを鞘に収めた後、サイドテーブルに置いておいたシガレットケースを取り、煙草に火をつけた。舐め取ったジョンの血の味のする口の中に煙草の苦いフレーバーが絡まり合う。  寝室には大きな窓がありエッフェル塔が一望できる。女は煙草を咥え、ベッドから出ることなくその窓を見つめた。太陽の位置を確認して、約1時間程度寝たことを確認した。それからシルクのガウンに腕を通す。ようやくシャロンの豊満な胸が隠された。シャロンが咥える煙草から蛇のようにただよう紫煙。乳白色のそれが太陽の光に照らされていた。ジョンはまるで聖母マリアを彷彿とさせるその憂いを帯びたシャロンの姿に背筋を震わせた。 「昨晩はギルといただろう?」 「男の嫉妬は醜いわよ」 「マフィアの幹部がひとり忽然と消えたって噂だ」 「あら。誰の仕業かしら」  ジョンは腕を組みながら煙草を咥えるシャロンを見つめる。シャロンは男のオリーブ色の瞳が好きだった。女がどこにいても必ず見つけ出す捕食者の瞳を男は携えているからだ。実際、バウンティハンターとしてジョンはシャロンを地の果てまで追いかけている。  ジョンは昨晩、シャロンがなにをしていたのかを知っていた。ギルが人を解体し、トイレに細切れの遺体を流したことも憶測ではあるが知っている。惚けるシャロンに喉奥でくつり、笑うジョン。男は女がどんな仕事をし、誰を殺していてもそれを咎めることはない。そもそも咎めるほどの道徳的観念など持ち合わせていない。ジョンも裏社会の人間だ。  シャロンは煙草を咥えながら寝室からウォークインクローゼットに足を進めた。今夜オペラを観劇するのなら、ドレスが必要だ。ターゲットはどんなドレスが好みだろうか。女はそうは考えながら重厚な扉を開ける。ロココ調に揃えられたゴールドのドアノブを可憐な指先が引く。 「てめぇはいつもこんな量の服を持ち歩いているのか?」 「私はどこにいても欲しいものがすぐ手に入るのよ」  ウォークインクローゼットの中には色取り取りのドレスが揃えられていた。色から形から多種多様のドレスは煌びやかにクローゼットの中に並べられている。勿論、足元にはドレスに合わせるように靴も置いてあり、ウォークインクローゼットの中に備え付けられてあるソファには大きなアクセサリーボックスが鎮座していた。  勿論、女が揃えたものではなかった。女はオペラの招待状を持ってきた誰かの仕業だろうとふわりと笑う。 「おまえの身体のサイズを俺以外にも知っている奴がいるとは、嫉妬で狂うね」 「そうやって嫉妬する貴方は可愛いわ」  ジョンは中性的な細身の身体でシャロンの豊かな身体に手を回す。シャロンの腰は綺麗にくびれていた。まるでチェロのようだとジョンは思う。  シャロンは暗殺者として傑作だったが、ジョンもまたバウンティハンターとして傑作だった。だが、そんなジョンからいとも簡単に逃げてしまうのがシャロンという女だった。  シャロンはするり、ガウンを脱ぎ捨てクローゼットを歩き回る。白い肌には幾多の戦場を切り抜けてきた傷が存在した。男性の傷なら勲章だが、女性の傷は弱き者という証拠。出来るだけ傷を作らないように、と考え実践していた。 「それで? いつ私を捕まえる気?」  シャロンは黒い長髪を結び、黒い服を好んで着るジョンに言葉を投げた。
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