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「てめぇはいつだって俺の指先から零れ落ちていくだろ。捕まえるのは一苦労だ」
「易々と捕まるものを欲しがるの? それに貴方にとってもそんな私とのやり取りは一興でしょ?」
ふふ、っと華麗に笑うシャロンはなにも纏わぬ肌にルブタンのブラックを這わせた。120mmのヒールはシャロンにとっての武器。実質的な武器にも男を誘惑させる武器にもなる。奴隷のように従わせ、自らの身体の一部のようにしなやかにその120mmを操れる。
ジョンはクローゼットの扉に身体を預け、シャロンの優美で欺瞞な裸を恍惚と見つめる。シャロンの身体は世の男性を弛緩させる為に生まれてきたような、魅惑的なものだった。腰を彩るえくぼがジョンの劣情を誘う。
「今晩、プッチーニの『ラ・ボエーム』を観劇しようと思うの。エスコートしてくださる?」
「……見返りは?」
「そうね…」
シャロンはジョルジオアルマーニのシックなベージュのドレスを手に取り、それを身につけた。足元の妖艶さに対してドレスはスレンダーラインと大人しく品がいい。
シャロンはヒールを鳴らして、ジョンの元に駆け寄る。ファスナーが空いたままの背中を見せると、言葉無くしてもジョンはなにを頼まれているのか理解したようで、シャロンを引き寄せた。ファスナーの間から臨む、美しく白い陶器のような肌をひと撫でし、シャロンの首筋にひとつ口付けを落とす。
「……ある女の居場所を教えてあげてもいいわ」
「それなりに懸賞金がかかっている女なんだろうな? こっちも生活がかかっているんでね、それなりの奴じゃなきゃ、取引はしないぜ」
「ヴァイオレットはどう?」
ドレスのファスナーを上げたジョンの腰に細いシャロンの腕が回る。まるで猫のしっぽのように我儘で悪戯っけのあるそれにシャロンは喉を鳴らして笑う。この女に愛されたことを思い出すジョン。チョコレートのように甘く、蜂蜜のように温かい、けれど、どちらも溶けてしまえば無くなるように女は忽然と消えるのが毎度のことだった。愛したいが愛しては身を滅ぼす、ジョンはそれを肝に銘じていた。
「乗った」
「貴方って本当に分かり易くて好きだわ」
シャロンはくすり、鼻先で笑う。それはどこか嘲弄しているかのように感じられる。
ヴァイオレットはフリーの殺し屋で、シャロンと親しくしている人間のひとりだった。ヴァイオレットもシャロンと同じく、懸賞金がかかっている。シャロンにとって、ヴァイオレットを売ることはとくに理由が無かった。今、渡せる手札のカードがそれだけだったという理由だけだ。利己的で聡明な女はときに残酷に人を切り捨てる。いつだってシャロンは自らの人生の舵取りをし、自らの力で立っていた。利用価値があるかないかで判断し、その時々で取捨選択をしていく。
「てめぇは寂しい奴だ」
「……あら。お互い様でしょ? 似たもの同士仲良くしましょ」
シャロンはジョンの唇に優しく吸い付いた。
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