Alpha

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 女はノネットとアールグレイを嗜んだ後、また煙草に火をつけた。エッフェル塔が一望出来る、フランスの最高級ホテルの称号〈パラスホテル〉を持つラグジュアリーなホテルで新聞紙を開いていた。女はテレビを好まなかった。速読で読める新聞の方が遥かに効率が良いからだ。生まれ育った米国の新聞をホテルマンから取り寄せ、そして今滞在するフランスの新聞、その両方を数分で読み終えた女は、一度昼寝をしようと考え、欠伸を携えた。勿論女が新聞の一面を飾ったことはない。女が起こした殺しについて報道されることがあっても、女にたどり着く者はいなかった。  女の父は、36人を殺したシリアルキラーだが、女にとっては良き父であった。女はなに不自由なく生活し、10歳までは平穏に過ごしていた。女の生まれてから10回目のクリスマス、女の父は猟奇殺人者として逮捕された。女の母は世間のバッシングに耐え切れずクリスマスの次の日縊死した。孤児となった女は、世界規模で暗躍する犯罪組織に実験台として迎え入れられる。実験内容は、殺人の能力は先天的にあるものか、後天的に備わったものなのか。36人をも殺したシリアルキラーの血が流れている女は、犯罪組織の傑作になりえるのかどうなのか。  女は太腿のホルスターに仕舞っていたままのカランビットナイフを取り出し、それを枕の下に隠す。寝首を掻かれないようにいつでも戦闘できる準備は欠かさない。鞄に入っているPPKも鍵のかかるトランクに仕舞い直す。昨晩使った愛銃、Px4もそのトランクに大切に仕舞われていた。漆黒に光るPx4はギルが人を解体している間、女に丹念に磨き上げられた。愛銃は大切にされるからこそ、愛銃と呼ばれる。女の磨きに余念はなかった。  女は黒のワンピースを脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿でベッドに入り込む。上向きで美しいピンク色の先端を持つ乳房が、ベッドの上で重力により流れる。ふわふわと微睡む意識の中、女は外から入ってくる太陽の光を眺めた。太陽の束が女の透き通る白い肌を嬲る。微睡む女はまるで新雪のように誰にも穢されたことのない幼い瞳をしている。  犯罪組織の実験は失敗した。女の殺しの才能は先天的か後天的かを判断するのは難しかったのだ。だが、その実験を気にもしなかった女はメキメキと頭角を表し、わずか3年足らずでエージェントに昇格した。女が生まれて13回目のクリスマス。女は最愛の友人を手にかけた。組織の訓練を共にしたふたつ上の男だった。男を殺すこと、それがエージェントになる為の最終試験だった。女はその通過儀礼をなんなくこなし、組織の傑作として今では重宝されている。  女はその男を心底愛していた。初恋だった。
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