第9話・君の泣き顔

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 板谷君は結局、何も話してくれなかった。  別にそれでいい。  僕たちはそれぞれ無断外出のペナルティとして先生たちから説教をくらい、保護者に連絡のうえで反省文を書かされた。板谷君が何を書いたかはわからない。少なくとも僕は、無断外出して何をしていたかについて本当のことは書かなかった。  その日の夜、僕は実家に電話を入れた。親を心配させて悪かったと思ったから。電話に出た母は、まじめで気が小さいとばかり思っていた息子の素行不良に驚いた様子だったが、落ち着いて僕の話を聞いてくれた。 「和真のことだから、何か理由があるんだと思ったのよ」 「うん。ごめんね。……友だちが、さ。ちょっと問題を抱えてて、話を聞いてあげたくて」 「友だち? いじめじゃないわよね?」 「違うよ。中学から一緒だった子だよ」 「そう。それならいいんだけど」  板谷君の名前は出さなかった。彼のことは母もよく知っているから、よけいな詮索をされたくない。そこで電話が父に代わった。父も僕を責めなかった。 「友だちは大事にしたらいいよ。それにしても、ちょっと無断外出しただけで反省文とは厳しいね。さすが監獄というだけあるな。お前は脱獄に失敗したというわけか。残念だったね」  そういって笑う。僕は一人っ子で両親に甘やかされている自覚がある。ここでも親の優しさがしみた。  電話を切ったあと、板谷君の顔を思い浮かべた。今、どうしてるかな。親に叱られてないといいけどな。今朝、T学園高校で目にした光景をぼんやりと思い返した。白川先生が口走っていた言葉がふいによみがえる。  『もしかして草壁に惚れてたりするの?』  ”草壁”って誰だろう。板谷君は草壁という生徒のことが好きなのかな。T学園は共学だから男か女かわからない。好きな子に嫌がらせをするなんて、どんな事情があるんだろう。  草壁……草壁。どこかで聞いたことがあるような気がする名前だけど、思い出せない。 第10話「草壁君」に続く
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