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第10話・草壁君
T学園での出来事のあと、僕と板谷君は完全にただの先輩後輩、あるいは、中学の同級生の間柄に後戻りしてしまった。寮や学校ですれ違っても、あの親しみをこめた特別な視線を送ってくれなくなった。二人きりで会うこともない。かといって、ことさら避けられているわけでもない。「おはよう」とか「お疲れ」みたいな、誰にでもするような挨拶はしてくれる。
――寂しい。
僕はどうふるまえばよかったのだろう。頭と胸で後悔が渦巻いて息苦しかった。板谷君もあんな姿を僕に見られたとあっては、もうこれまでのようにつきあう気にはなれないのだろう。あのとき彼を追いかけなければよかった。どうせ何もできないのだったら、せめて、気づかなければよかった。
――でも、見てしまったし、気づいてしまった。
寮に戻るとまっさきに寮務室前のロッカーに預けたスマホを取り出して、板谷君から何かメッセージが着信していないか確認してしまう。プライベートな連絡など、もうずっときていないのに。
夜は夜で、何度もスマホを取り出しては板谷君にメッセージを書きかけて削除した。
僕は意気地なしだ。
◆
いっぽうで、板谷君と何か関係のあるらしい”草壁”という生徒についての謎はわりとあっさり解けた。
水泳部の活動中に板谷君がひょっこり姿を現した。水着姿の彼を見るのはいつぶりだろう。はおったジャージから見える体はあいかわらずきれいだった。僕はぼんやりと彼の姿を見つめる。
僕は確かにあの体にさわった。あの手のひらでさわってもらった。でも今はもう、彼の手のひらとか舌の感触、肌ざわりをうまく思い出せない。
まだ、耳たぶにピアスホールはあるかな。
僕は彼の横顔に目を凝らした。でも僕がいる場所からは距離がありすぎて、ちっぽけなピアスホールなど見えるはずもなかった。
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