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珍しくパパがいることに喜ぶ理穂と遊びながら、三人でリビングのソファに腰掛けた。
気を揉ませてしまった理人に申し訳なさを感じつつ、療育センターでの話と、自分の気持ちをぽつりぽつりと打ち明けた。
「陽気で賑やかな良いママを演じてて、ちょっと疲れちゃった。だけど、もう大丈夫」
理穂の相手をしながら耳を傾けていた理人が、うーん、と渋い顔をした。
「瑞穂は瑞穂のままで、良い母親だろ。無理して別の人になろうとするなよ。俺は瑞穂が好きで、結婚したんだから。子どもだって、そのままの瑞穂と育てたいよ」
「うん」
「それに、賑やかなのは俺の役目だろ? 仕事でいないことも多いけど、瑞穂が一人で抱え込む必要なんてない」
「うん。私もさっき思い出した」
それならよかったよ、と理人がニカっと白い歯を見せた。その顔の前に小さな手が絵本を掲げてきて、せがまれた理人は絵本を読みはじめる。がおー、これはライオンだな。ここにシマウマもいるじゃん、食われそう。
可笑しな読み聞かせだな、と笑いながら、その勢いでずっと胸に燻っていた不安を吐き出した。
「ねえ、理人。もし理穂がこれからもずっとママしか言えなかったらどうしよう」
極端な憂いを吐く私に、さすがの理人も嫌な顔をするかもしれない。そんな心配をよそに、理人は軽快にははっ、と笑った。
「そんなことはないだろうし、もしそうだとしても、理穂が笑ってたらそれでいいんじゃない?」
聞いた瞬間、ほんの少しの反発と、それを飲み込むほどの大きな温かさに包まれた。
なんて無責任で前向きなんだろう。呆れるけれど、我が子を受け入れるってこういうことかもしれない。
絵本の途中だったのに、私の膝によじ登ってきた理穂を抱き上げた。小さな身体をぎゅっと抱きしめると、それだけで幸せのエネルギーが満たされる。
「理穂、ママは、ママのままでいい?」
マが多すぎて訳わかんないだろうな、と笑おうとした瞬間、耳元で聞こえた。
「いーよー」
息をのむ。驚きのあと胸に湧き上がる喜びが、そのまま口から飛び出した。
「理穂すごい! お返事できたね!」
やったな、と横から理人も理穂の頭をくしゃくしゃに撫でた。
不自然な自分を演じる必要なんてない。そのままの私たちで、心の底から喜び合える。そんな日々を、これからもずっと。
〜おわり〜
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