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「シュー! できた! 理穂ちゃん、嬉しいねえ。もう一回やってみよう!」
先生の愛嬌のある声が、室内すべり台を降りてきた我が子を迎えた。イェーイと先生が両手を出すと、とたとたと近寄ってハイタッチしてから理穂が私を振り向いた。
マスク越しでもくぐもらないよう、肺の中で精一杯高い声を作り、吐き出す。
「理穂、すごいね、一人で、がんばったね!」
見知らぬ女のような私が、駆け寄ってきた理穂を抱きとめた。そのまま小さな手に手を引かれ、陽気な声が飛び交う親子たちのなかに、私は自分を同化させた。
私は、良い母親を演じている。
理穂を産んだのは、新型コロナウイルスが流行り始めた頃だった。あれよあれよという間に緊急事態宣言が発令される世の中になり、公園の遊具はテープで封鎖され、児童館の親子教室は軒並み中止になった。
家に篭り、外とのつながりのない生活を送っているうちに、徐々に緩和の動きがみられてきたものの、少人数電話予約制になった親子教室に申し込むこと自体が私にはハードルが高く、人気のない公園を選んで遊ぶ日々を送っているうちに理穂は二歳になった。
言葉が出ないな、と一歳半を過ぎたころに気がついた。だけど、ビデオ通話で話す実母も義母も、「子どもは突然話せるようになるから大丈夫よ」と言っていて、それを信じていた。
しかし二歳を過ぎても「ママ」しかしゃべれなかった理穂は、市の検診で保健師さんから、発達療育センターへ通うように勧められた。
以来、自転車で片道三十分の道のりを、理穂と二人で毎週通っている。
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