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約束の時間に療育教室を覗くと、先ほど電話をくれた島尾先生が待っていた。
普段とは違い、教室の他の子もいなくてがらんと静かな部屋に見える。
こっちにどうぞ、と言われ、いつも子どもたちが工作をしている机を挟んで、先生の向かいの床に理穂と並んで座る。
先生がスナップボタンを繋げるおもちゃを机の上に用意してくれた。理穂が教室でいつも気に入って遊んでいるおもちゃだった。
プチプチと楽しげにボタンを繋げる理穂を見て、島尾先生が微笑んだ。
「理穂ちゃん、よく笑うようになったね」
「あ、そうでしょうか」
静かな部屋で向かい合い、緊張していた私は、理穂の笑顔を喜んでもらったように感じて少し心を緩めてしまった。
「積極的に活動する姿も増えたし、ぐんと成長したのが、私たち保育士も嬉しいわ」
油断した。
身近で見守ってくれている人の存在に、一人で抱え込んでいた焦りや不安が溢れそうになる。
やばい。泣くところじゃない。返事をする余裕もなくて、乾いた唾を涙と一緒に飲み込んだ。うつむいた私に、島尾先生の優しい声が追い打ちをかける。
「藤村さん自身、頑張りすぎて疲れてない?」
そんなことない。そう喉で作った返事は心の濁流に飲み込まれて出てこなかった。代わりに溶けた重石が涙と本音になって流れ出た。
「私、良いママに、なりたいです。でも、できない」
「良いママって、どんな母親のこと?」
「明るくて、子どもと話すのが上手で、うまく反応できて、子どもの伝えたいこともちゃんと汲み取れて、どんなときでも受け止められて――」
「藤村さん」
名前を呼ばれて我にかえると、理穂がウーと言いながら、長く繋げたスナップボタンを私に見せていた。手の甲で涙を拭い、すごいね、と理穂に笑いかける。
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