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「…っ………あ…はっ……はっ…ぅ…」
苦しい。
息が吸い込めない。
東から降り注ぐ朝特有の日差しは、今の私にとって、遠慮の無いスポットライトのようだ。何とかしてこの状況をひっそりやり過ごしたいという焦りとは裏腹に、強烈な光を浴びせてくる。
覚束ない足取りで歩道の隅に座り込んだ私の側を、たくさんの人間たちが駅へと足速に通り過ぎて行く。何事も無く変わらず進んでいく周りの世界に対し、自分だけが、空気の少ない別の世界に閉じ込められてしまったようだ。今や呼吸の仕方もわからない人間である私は、この世界からこうやって排除されても仕方ない。浴びた光はスポットライトでも何でもなくて、あの世からのお迎えの光のようなもの、なのかもしれない。
(情けない…)
呼吸なんて、生まれた時からできていたはずなのに。
今さらどうやって息を吐いて吸うのかなんてこと、慌てて検索したからと言って、「あ!そうだった!」なんて思い出せるとは思えない。そもそも、ほとんどの生物が気がついたら自然に獲得していた技術なわけで、吸い方吐き方なんてマニュアルが存在しないのではないか。
苦しさと同時に湧き上がる恐怖で、小刻みな震えが止まらない。生存に必要な分量の酸素が、全く身体に取り込めていないことが感覚としてわかる。
(今度こそ、本当に死んじゃうのかもしれない、私…。)
心臓がばくばくと騒いでいる。顔は熱いのに、スーツの下の薄いブラウスにじわりと滲み出た汗が冷たくて、背中が凍りつきそうだ。自分の不規則な呼吸のリズムが頭の中で反響して、ますます焦りが掻き立てられる。
これが、何度か起こしたことがあるパニック発作だということは、自分でも頭では理解している。こんなに苦しくてもこの発作だけが原因で突然死ぬことは無いと、知識としては認識している。
「〜〜〜っ………はぁ、はっ……」
また起きてしまったという絶望感。
死にたいほど辛いのに、でもまだ死にたくないという恐怖。
悔しい、怖い、辛い、苦しい、逃げ出したい、助けて欲しい。
でも、助けて貰う方法もわからない。
強く閉じた瞳に、僅かに涙が滲む。
(もう…ダメだ、倒れる…かも…)
恐怖と不安が頂点に達しようとしたその時だった。
「おっと、危ない。」
しゃがんだ姿勢のまま、顔面からアスファルトに倒れ込みかけた私の肩を、後ろから誰かがしっかりと掴んだ。
その人物は、背後から私の耳元に口を寄せて、こう囁いた。
「どうもこんにちは。不安泥棒です。」
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