Diner. HOTCHPOTCH

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Diner. HOTCHPOTCH

「マスター、ハッチポッチを頼むよ」 「かしこまりました」  マスターはお冷を出してから、早速調理に取り掛かる。冷蔵庫からラップに包まれた蜘蛛を取り出し、その脚を一本切り落とす。火にかけた鍋の中では、紫がかったスープがコトコトと踊っている。  注文を済ましたお客様は、そのままカウンター席に腰掛けた。隣の席に荷物を置いて、上着をかけて、おしぼりでライム色の手を拭いた。ついでに目玉も取り出して拭う。瞳孔が開ききったお客様の瞳と目があって、僕は心臓が止まるかと思った。 「今日は風が強いなあ。目にゴミが入って仕方ない。かまいたちが喧嘩でもしているのかね」 「そうだねえ。ゴースト達が飛ばされなきゃあいいんだけど」 「洗濯バサミでとめてやりゃあ良い。そのためのシーツだろう? おや、新入り君かい!」  お客様が僕に向かって話しかけた。緊張で冷や汗が滝のように流れる。何か言わねばと口をパクパクとさせるが、言葉が紡がれることはなかった。マスターがおやおやといった様子で間に入る。 「そうそう、今日が初仕事。可哀想に、彼ってば記憶喪失なんだ。どこから来て、どこへ行こうとしていたのかも分からないみたい。だから優しくしてあげてね」 「そりゃまた大変だな! 分からないことは何でも聞きな。この町の奴らはみんな親切だからよ。記憶喪失って、自分の名前も分からねえのか?」 「あ、えっと、名前だけなら…… 覚えて、ます」  自分を奮い立たせて出した声は、蚊の鳴くようなそれだった。お客様は聞きづらいという素振りも、続きを急かそうともせず、ただ優しく僕が名乗るのを待っている。 「じ、じ、ジョン…… ジョン・ドゥです」 「ジョン・ドゥか! 俺はゾンビのオズだ。お客様なんて畏まらないで良いからな。狭い町だ、ここじゃみんなが友達だ。今日からよろしくな!」  マスターが安心したように目を細め、熱々のごった煮(ハッチポッチ)を提供する。 「いやあ、一日の終わりにはマスターのこれに限るね! いただきま〜す」  オズはお皿に盛られた目玉をスプーンで掬い、一口で頬張った。そうしてマスターと二人で話を始めたので、僕は皿洗いの名目でパントリーへ下がった。  良かった、バレていないみたい。  僕が人間だってこと。 b31c2424-ed09-4633-b01d-10ec266fec47
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