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一 章 浦 月 ―― 滄海に浮かぶ月
――こんなに穏やかな気持ちになれたのは、本当にひさしぶりだ。
伊良名の星砂の浜で大の字に寝転がったまま深呼吸をすると、南国の長かった暑気を打ち払った潮の香が、私の肺をいっぱいに満たしてくれた。
季節は十月初旬。時刻は午後八時だ。
沖縄の離島郊外にある高校から、バスに揺られて三十分。サンゴ礁に囲まれた白浜は、私たち天文部のお気に入りの観測スポットだ。打ちては返す波の音が、耳奥に優しく響く。
きょうは十五夜。
いつもは闇に包まれる浜だけど、中天で月が金色の輝きを放ち、海面に万華鏡のきらめきを演出している。波間ではウミホタルが幻想的な青い灯火を瞬かせて、夜の海とは思えない不思議なにぎわいがあった。
「何を見ているの、ハルちゃん?」
私の顔を上からのぞきこんできたのは天文部三年生の新里詩織、通称「しーさー」先輩。しーさーは、部長が呼んでるあだ名だ。
肩までかかる天然ウェーブの獅子髪を、銀のカチューシャで整えている。顔立ちは中学生にも間違えられそうで、後輩の私を見つめるくりくりした瞳がいつも優しい。
「しーさー先輩。天文部員が夜に何を見ているかを聞くのもヤボじゃないですか?」
そう言えばそうだったね、とつぶやいて、先輩は愉快そうにからからと笑った。
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