一 章  浦  月 ―― 滄海に浮かぶ月

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 伊良名浜の空は広い。都心と違ってさえぎる人工物一つなく、地上に覆いかぶさる無窮の宇宙に、私はいつも圧倒される。  頭上では三つの一等星が作る夏の大三角形が西に傾きはじめ、雄大な天馬ペガスス座の四辺形が天頂めざして翔けていた。秋へのうつろいを映す星群れは、きょうも魅力的だ。  だけど今の私は星以外のことを考えていたから、先輩の質問はそれほど外れていない。 「この砂浜がびんの中の世界だったらなあって。そう思って空を見ていたんです」 「ボトルシップのことかな。あの満月がびんの口?」  私は、うなずく。  子供のころ、父の書斎に飾られたボトルシップの不思議な世界に魅せられたことがある。  ガラスびんに閉じこめられた帆船は、私の空想の中ではいつも私を乗せて、大海原を駆けていた。  中学を卒業した後、両親に無理を言って東京を遠く離れ、沖縄にある山海に近い私立高校まで来たのは、あんな帆船が似あう土地にあこがれていたせいもある。  だけど現実は甘くはなく、地方には東京以上にうっとうしい人間関係と、変わらぬ受験のプレッシャーがあるだけだった。  それでも都会では望みようのない穏やかな夜空に全身を浸していると、あのガラスびんの世界に本当に入ったような気がして、私はやすらぎと懐かしさを覚える。 「そう言えば、カナちゃんは来なかったですね」 「うん……まだ浜に来るのは無理みたい」  いつも明るい先輩の顔に、似あわない翳りがさす。  三年前に伊良名浜を襲った津波で、しーさー先輩と妹の香苗ちゃん、ご両親をのみこんだのはこの海と聞いている。  姉妹は助かったけれど、ご両親は永遠に戻らず、二人は叔父夫婦の家にひきとられた。  だけど私が見る伊良名の海はいつも凪いでいて、私を柔らかく包み、傷んだ心をゆっくり癒やしてくれる。
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