36人が本棚に入れています
本棚に追加
身体中の水分が瞳に集まる。涙でぐしゃぐしゃになっているであろう顔で、ジルバートの部屋に向かった。
ドアを開けると、ジルバートは荷物をまとめていた。
「ジル、ごめん・・・」
「酷い顔ですね」
荷物をまとめる手を止めて、ジルバートはポーラをしばらく見つめたあと、彼女の頬に伝う涙を指で拭う。
「私が、黙って演劇部に入ったばかりに」
「貴方は何も悪いことなどしておりません」
ポーラは喉をクツッと鳴らして、口を開いた。
「私も一緒に連れて行って」
「いけません、お嬢様」
ジルバートがポーラを真っ直ぐ見つめる。
「お嬢様はオードリーのような女優になりたいのですよね」
「うん」
鼻の詰まった、くぐもった声で答えた。
「齢十七の未成年の貴方が、ペルナ家を家出して女優を目指せるほど、世の中は甘くありません」
ジルバートのキャリーケースには、綺麗に折り畳まれた服が詰め込まれていた。
「いい子を演じなさい」
ジルバートがきっぱりとした口調で言う。
「ご両親に貴方の夢を認めてもらえるよう、勤勉に励み品行方正な生活を送りながら、女優を目指すことは不可能ではありません。それは極めて困難な道ですが、お嬢様ならできるでしょう」
ジルバートが自身のハンカチを、ポーラの頬に押し当てた。
「ジル。私がティアラをつけたら、迎えにきてくれる?」
宝石が散りばめられたキラキラの、オードリーがつけたあのティアラを。
爽やかな中にどこか甘い匂いがするハンカチで目を拭ったあと、答えを待った。だけどジルバートは何も答えずに、微笑むだけだった。
「相変わらず貴方は泣き虫ですね。力強い女優になった貴方が見れる日を、楽しみにしていますよ」
家から去るジルバートの背を、唇を噛み締めながらただただ見つめることしかできない自分が憎かった。
ジルバートの低い声、髪を撫でてくれた白くて華奢な指、厳しくも優しく、自分を真正面から見つめてくれたブルーの瞳。
陽だまりのような居場所を作ってくれた彼を思い返しては、涙を流し続けた。
最初のコメントを投稿しよう!