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大きな花束を抱えて、オーディション会場の裏口を出た。
もう何年も経つのに、ポーラの中で未だに色濃く存在する彼を思い出す。別れてから連絡は一度もなく、時間が経過しても、悲しみは薄くなってはくれなかった。
前に停まるタクシーに乗ろうとしたとき、低く艶のある声が聞こえた気がして立ち止まる。
「お嬢様」
声に振り向くと、若々しかった昔に比べて一段落ち着いた彼が立っていた。
何度も何度も、飽きることなく姿を思い浮かべていた本物の彼が、澄まし顔でこちらを見ている。
「ジル・・・」
この姿は幻かもしれないと疑いながら、震える足で近づく。実体なのか確かめるように胸に飛び込んだ。そして温もりを感じた瞬間、舞台では一つも流さなかった涙が、壊れたみたいに溢れ出す。
「泣き虫が直っていませんね。力強い女優として、まだまだ演じきれていないのではないですか」
ジルバートの穏やかな眼差し。ブルーの瞳を見つめ返して、ポーラは言った。
「ねぇ、ジル。ティアラをつけてくれる?ジルの手で」
「かしこまりました」
自分の手で外したティアラをジルバートに渡すと、ポーラの頭にそっとティアラをつけてくれた。
「おめでとうございます」
澄ました声で言う。だけど僅かにその声が震えていた。
「ジル。この未完成なティアラが完璧に輝く日を、今日から私の側で見届けて」
ジルバートが眉を下げて微笑む。
「お嬢様が後悔しないならば」
ジルバートの腕の中。風は冷たいはずなのに温かい。
ゴールじゃなくて、これはスタート。
完璧に演じて魅せようじゃないか。
人々の心に勇気や生きる希望を灯す、気の強く気高い女優として。
でも今この瞬間だけは、弱虫でいるのを許してほしい。
涙は風の流れに乗って、彼とひとつになった。
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