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未完成なティアラを、貴方から
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま」
今年雇われた執事のジルバートに、小さく会釈する。濡れたような黒髪の若い執事は、品良く深々と頭を下げながら、ポーラ・ペルナを出迎えた。
ポーラはペルナ家の一番下の娘。ペルナ家は資産家だった。
両親は夜遅くまで仕事をしていて、二人の兄たちを含め、自分たちの世話を主にしてくれていたのは給仕たちとそして、ジルバートだった。
「お嬢様、どこか具合でも悪いのですか?」
「いいえ。何も、普通よ」
そう答えて、ジルバートの前を通り過ぎた。スクールバッグを自分の部屋のポールにかける。
(勉強、しないとな)
ベッドに腰を下ろしてふぅと息をつくと、部屋のドアがノックされた。
「はい。どうぞ」
「ティータイムのおやつをお持ちしました」
ジルバートが、ティーポットに入った紅茶とアップルパイを運んでくる。
「ありがとう」
小花柄の白いティーカップに紅茶が注がれると、華やかな甘い香りが辺りを立ち込めた。
「不躾なことをお聞きしますが、お嬢様のその腕のアザ、どうなさったのですか?」
「あ、これは・・・」
咄嗟に手でアザを覆い隠すと、ジルバートはポーラの腕をとった。
「流水で冷やしましょう。処置します」
アザはそれ程大きくはない。ただこのアザができた経緯を思い出すと、胸が痛くなった。
ジルバートが腕を冷やしたあと、ガーゼを当てて慣れた手つきで包帯を巻いてくれる。男の人なのに白くて華奢な指。
「終わりました。紅茶が冷めてしまいますね。ティータイムに戻りましょう」
それ以上何も聞かずにジルバートはその後も、ポーラの側にただいてくれる。アップルパイを小さく切ってぽそぽそと口に運ぶポーラを、穏やかに見ていた。
「ジルバート。私ってなんで、兄たちと違って出来損ないなのかしら」
アップルパイを半分食べたあとに、ポーラはぽつりと溢す。
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