変化

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「…だったらなんで俺の顔見ねぇの」 「……見てんじゃん」 隼の視線が唐突にこちらに移って、ビクリと再び体が揺れた。 「そうゆう、事じゃなくて……普段とか」 「んー。ごめん。…あんまお前の顔見たくない」 顔を片手で抑えながら思いもよらない言葉を投げつけられて、目を見開く。 波の音がやけに頭に響いた。 目の前にいるのは、腐れ縁でずっと一緒に居た隼だ。 そのはずなのに、まるで別の誰かと一緒にいるような感覚が怖い。 「え…と……、ちょ…ごめん…訳わかんねぇ」 「うん。だから、俺もごめん。今はお前と顔あわせていたくない」 頭がクラクラする。 いつの間に俺はこんなに嫌われてた? 顔も見たく無くなるくらいに… 一緒にいたくなくなるくらいに。 「俺…なんか、した?」 いつも通り発したはずの声が震える。 「違う」 「じゃ、なんで」 「言いたくない」 「そんなんで…納得出来るかよ」 「ん。しなくていいよ。その代わり、俺の事嫌いんなって」 「は?」 それだけ言い残して部屋へと戻って行く隼の背中を追いかける勇気は無かった。 嫌われているなんて一度も思った事がなかった。 そんな相手から発せられた言葉が、胸に深く突き刺さってくる。 ーー顔見たくないーー その場にへたりこんで、片手で顔を覆った。 意味が分からない。 目から流れ落ちた雫が、砂浜を濡らした。 もうあの頃には戻れないのか? 友達に戻りたいだけなのに。 お前の事、嫌いになんてなれるはずねぇだろ…。 次の日の当番は奈美さんに頼み込んでペアを変えてもらった。 さすがに顔を見たくないと言われたやつと一緒に仕事をする気にはなれなかった。 尚が立ててくれたパラソルの影に入り込みながら、波打つ海を見つめる。 去年とおととしと同じ海なのに、同じ場所なのに…こんなにも、気分が違っている。 「琉〜。大丈夫?」 「んー。微妙〜」 「昨日の当番、そんなキツかった?」 心配そうに顔を覗き込まれて、小さく頭を横に振る。 「夜、隼と話した」 「え?俺らが寝た後?」 こくりと頷いて、持っていたジンジャーエールを一口飲み込んだ。 「…もう、俺の顔見たくねぇんだって」 「…それ、隼が??」 「尚…俺、なんかしたかな。顔合わせたくないくらいに嫌われるような事…しちゃってたのかな」 驚きを隠せない様子の尚に、俺は三角おすわりをして膝に顔を埋めた。 「琉…隼が琉を嫌いになるって事は多分ないと思うよ」 「なんでそんな事分かんの」 「隼が今でも琉を守ってるから」 「…守ってる?」 「琉が喧嘩をしなくて済むように、片っ端から喧嘩買って琉に手出ししないようにしてるんだって」 「は?」 顔を上げて尚を見ると、尚はやけに優しい顔をして笑っていた。 「俺もそれ知ったのは最近なんだけどね」 「なんでそんな事…」 「琉が真っ当な道歩こうとしてるからだよ。周りがそれを邪魔しないように、隼が道を作ってあげてたの」 「……知らねえよ、そんな事…俺、なんも」 「うん。絶対バレたくないって言ってた」 「じゃあなんで、顔みたくないなんて言うんだよ…」 「それはさ、隼本人から聞かないと」 「無理。これ以上…」 これ以上あいつに拒絶されるのは無理だ。 心が持たない。 「大丈夫。今琉ががんばらないと、隼との関係修復できなくなっちゃうよ」 バイト時間が終わり、日が傾いてきたころ足早に部屋に戻ろうとする隼の腕を掴んだ。 「隼、ちょっと顔かせ」 「……お前昨日言ったこと忘れたの」 「良いから来いって」 今にも逃げ出しそうな隼の手を強く引いて、砂浜の端にある岩場へと向かう。 向き合うようにして立つけれど、やはり隼の視線はこちらを向こうとはしていない。 「…尚から聞いた」 「は?」 「次やったら絶交って言っただろうが…」 「……だから俺はそれでいいって」 「いや、違くて…」 「つか手放せよ。逃げねえから」
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